第92話 出会いと気づき

「ふぁぁ……」


三連休初日。


せっかくの三連休なので休んでもいいのだが、休んでも特にやることはないし、お客さんと会うとほのぼのするということでお店を開けている。


お客さんの入り様はいつも通り、休みだから来ない人と休みだから来る人を差し引きしてちょうどトントンといったところか。


新しい人との出会いとかもあるし、お子様連れの方を見て癒やされたりととても充実している。


そんな、普通の日だった。


神之さんがいないのでかなり忙しい昼をこなし、たまにはと紅茶を嗜んで、さて外の落ち葉でも掃くかと腰を上げたところで。


バーーーンッ!!!!


漫画ならそんな効果音がつくであろうというように、うちの扉が開かれた。


「ハァハァ……着きました……!!」


扉を開いて肩を揺らすその人は、何かを宿した瞳でこちらを見る。


「ど、どうしたんですか!?」


俺は普通の形相じゃないに、目を白黒させながら尋ねる。


「ハァハァ……北原さん……わたし……」


「ま、まずは落ち着きましょうかね。ほら、ソファに座ってください」


息を切らしたまま話そうとする彼女を止め、俺はソファへと座らせる。


「……あと、これをどうぞ。」


俺は目を合わせないようにしながら、手に取った上着を渡す。


「えっ? あっ……あぁ…………ありがとうございます……。」


一瞬理解できないとばかりに自分を見て、それから彼女は頬を赤くして、それを羽織った。


今の彼女は何故か和服を着ていた。


明るい色を基調としたそれはシンプルながらに手の混んだ一品であっぱれの一言なのだが……。


走ってきたのかはわからないがここまでの道中ではだけてしまい、とてもその……目に悪い感じになって、色んな意味であっぱれという姿になってしまっている。


ガン見したいという欲望を抑え、チラ見ならいいだろうという欲情を抹殺し、手のひらの間からならという情欲を黙殺して、俺は目を逸らしたままその場から離れる。


あぶねぇ……人間ブラックホールだ……。

どれだけ理性を働かせて目線を離しても、視線が寄せられてしまう。


「…………」


「…………」


二人の間に沈黙の時間が流れる。


ヤバいぞ、なんかドキドキしてきた。


さくやさんの格好のせいもあるけど、そう言ったものとは別に、なんかこう……心の奥底に隠れていたものがむき出しにされていくような。


そんな、恥ずかしくも温かな気持ちが湧き出してきた。


「…………」


さくやさんが無言のまま服を直し、上から羽織った俺の上着の袖を両手で持って、胸の前で交差させる。


別に普通の光景だ。まだ春になりかけてもおらず、外は寒いからやって当然の行為。別に何も珍しくもない。


なのに、なぜだろう。それを見ていると無性に、胸が高鳴ってしまう。


こんな気持ちは本当に初めてで、似ているものといえば書類の締切間際に課長がデスクの側を通った時くらいしか知らない。


心臓がバクバクと音を立てている。


「…………おいしい……」


さくやさんが珈琲を一口飲んで、小さくつぶやいた。


俺はそんな普通の、日常の一幕を見て、すべてが繋がった。


あぁ、そういうことかと。


神之さんの言わんとしていたことが、今はよく分かる。


『失うのを怖がっていたら、手に入るものも逃してしまう』


俺は多分、人一倍臆病で、だから今までずっと蓋をして逃げてきたのだろうけど。


ここまで来たらもう、無視は出来ない。

直視して、立ち向かって、そして砕けるなりするしかない。



俺は、波 さくやさんのことが―――――













―――――好きなんだ

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