第93話 社畜の告白
「あの、私、」
お互いに珈琲を飲んだり空を見つめたり。
なにか話そうにも話せない時間が過ぎていたのだが、ついにさくやさんがなにか覚悟を決めたように話し始めた。
「は、はい」
俺は変に意識しないように努めながら、返答する。
なんとなく、彼女の言わんとすることがわかる。
なぜならそれは、俺も言おうと思っていたことだから。
このまま言わせてしまっていいのか?
俺の心の中にそんな疑問が浮かんでくる。
「北原さんのことが……っ!!?」
目をつむり肩を震わせ、勇気を振り絞って叫ぼうとして……さくやさんは俺を驚いたように見つめる。
「俺に先に言わせてください。」
俺は彼女の肩に手を置いたまま、うつむいて呼吸を整える。
「ふぅー……」
深呼吸をして送られた空気が、これから自分が言うであろう言葉を教えてくれる。
言ってしまっていいのか?
こんなところで、こんな場面で、こんな形で。
色んな不安が溢れ出てきて止まらない。
けど、けれど、それでも、言わせるわけにはいかなかった。
「俺は、俺は……」
言いたくないとばかりに声が震える。
唇はその乾きを猛烈に主張し、心臓はうるさいくらいに鳴り響く。
止まりたい。けど、止まれない。
だって俺は、彼女のことが―――――
「さくやさんのことが好きです。」
言って……しまった…………。
「その、この年にもなってあれなんですけど、本当に人を好きになったことなんてなくて。自分でもまだ胸を張って言えないんです……。けど、この気持ちは、この思いは、好きってことなんだと思います。」
俺は紡いでしまった言葉を弁明するように、まるでそれが間違ったことのように取り繕っていく。
あぁ、やはり言うべきではなかった。
こんなこといきなり言われたって反応に困るだけだ。
もっとこう、色々と積み重ねたあとにしっかりとした場所とタイミングで告げるべきだった。
「あ、あはは、なんか、ごめんなさい。その、あの、いきなり、変なこと言って……。」
それが意味を成さないと知っていても、謝罪の言葉を並べる。
あぁ、やっちまった。
そう後悔したところで、ふとさくやさんが何も言わないことに気がついた。
言葉にならないくらいに絶句しているのか。
むしろ逆にこっぴどく振られたほうが楽かもしれない。一週間もすれば笑い話にだってなるだろう。
俺はそんな気持ちで、それでもかすかな希望を抱いて顔を上げ……
「…………ぅ……」
「ッ!!? ご、ごめんなさい!! ほんとに、すみません!!」
……すぐに下げ直した。
さくやさんは泣いていた。
声を押し殺すように静かに、手の甲で涙を拭いながら。
あぁ、本当に俺は何をやっているんだ。
……ほんとに、何やってんだよ。
俺が本格的に自責をし始めたその時。
クイッと服の袖が引かれ、
「ちがうんです……」
そんな涙混じりな声が聞こえた。
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