第94話 両想い

「ちがうんです……」


俺は何が違うのかとさくやさんの顔を見上げ、そして気がつく。


彼女は泣いていた。確かに泣いていたのだが――



――その瞳は笑っていた。


「違うんです…………うれしくて……ずっと、好きなのは、私だけだと思ってたから……。」


彼女は泣きながらこちらを見て優しく微笑んで、


「だから、私も……わたしも、貴方が好きです!! 大好きなんです!!!!」


そんなこちらが照れてしまうような告白とともに、俺の方に飛び込んできた。


「えっ、あっ、うっ、いっ、おっ……!!!? ま、マジですか……そうなんですか……うわぁ、そうなんだ……。」


俺はとっさに彼女の体を受け止めて、混乱する頭をどうにか回転させる。


伝わってくる彼女の温かさが、告げられた言葉を認識させてくれる。


マジか、そんなんだ、さくやさんも俺のこと……。


「うぅ……遅いですよ。私もですけど。今日来たのも、実家に帰ったらお見合いさせられて、それで相手の人はいい人だったのに、なにか納得できなくて、それで、自分の気持ちに気がついちゃって……抑えようにもどうしょうもないから……だから…………。」


彼女はポカっと軽く肩を叩いたあとに、ぐりぐりと頭を押し付ける。


全然痛くなかった。むしろこうしていられることが嬉しかった。


「俺は気がついたら、もう止められなくて。あと、先輩がアドバイスしてくれたんで。」


俺は照れ隠しに微笑む。


本当なら怖くて言えなかっただろうけど、神之さんにああ言われてしまえば、やるしかないだろう。


それに、最後くらいは自分から言いたかったし。


「えへ、ちゃんと意識はしてくれていたんですね」


さくやさんが嬉しそうに、安心したと言わんばかりにつぶやく。


「してましたよ。いや、しまくりですよ。だって、さくやさんかわいいですし。優しいですし。」


こんなに素晴らしい女性が隣りにいて意識しないほど、朴念仁ではない。


結構前から、へたしたら出会ったときから意識はしていた。ただ、それを心の奥に締まっていただけで。


「…………ありがとうございます」


さくやさんは小さくそうつぶやくと、名残惜しそうな顔をしながらゆっくりと離れて、ソファに座った。


俺もすこし名残惜しいが、対面だと顔がちゃんと見えるし、ずっと近いと……その、心臓に悪いので、そこら辺にあった椅子に腰を掛ける。


「なんかずっと敬語ですけど、どうします?」


さくやさんがもうすっかり冷めた珈琲を持ち上げながら言う。


「これはもう癖だからどうにもならないというか……敬語以外で話す機会がないのでどうしようもないですね。」


社会人になってから、下手すれば学生時代から敬語で今までやってきた。


お客さんにも基本敬語だし、タメ口となると関くらいしかいなくなってしまう。


デフォルトがこれなので、変えようにも変えられないのだ。


「私もです。まぁ、ゆっくりと変わっていけばいいんじゃないですかね。」


彼女はカップをおいて、月のように優しい笑顔でこちらを見る。


「そうですね」


『ゆっくりと』そう微笑んだ姿を見て、俺は改めてこの人が好きだと、実感したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る