第35話 田舎から都会へ

「今日はありがとうございました。」


あのあと、おじいさんと色々な話をして、不動産屋さんに戻ってきた。


俺は椅子から腰を上げて、大きく頭を下げる。


「いやいや、突然なのに契約してくれてこっちも助かったよ。詳しいのはまたおいおいになるけどね。」


おじさんは書類をまとめて茶封筒に入れ、トントンと揃えながら言う。


「分かりました。」


俺は差し出されたその大きめの封筒をバッグに入れる。


「じゃあな」


「ありがとうございました。」


俺は去り際に再び頭を下げて、伊予市を後にした。







 ◇ ◇ ◇







「ただいまー」


「みゃーん」


俺が長時間新幹線に揺られて重い身体で帰宅すると、イークアが出迎えてくれた。


「ただいまぁ……」


玄関で寝転がりながら、イークアの頭を撫でる。


こいつ前までは斜に構えて簡単には撫でさせてくれなかったのに、今日は妙におとなしいな。


あれか、ちょっと家を空けてたから寂しくなっちゃったのか。

この、かわいいやつめ。


俺はにやけながらイークアを撫でる手を加速させる。


「いてっ……」


こ、この猫、飼い主の手を爪でひっかきやがった!

これは調子に乗った俺が悪いのか、それともイークアが悪いのか。


うん、多分俺だな。俺が悪い。


「すまん」


俺は謝罪の言葉を述べてポンとイークアの頭に手を置いてから、立ち上がってリビングまで歩く。


「えっとこれがここで、これは……」


荷物は少なかったけどなかったわけでもないので、一人寂しくお片付けの時間。


旅行とかに限らず、ご飯とか食べるのもそうだけど。

用意するときはウキウキで色んなもの出しちゃうけど、さて終わって片付けようってときになるとなんでこんなに出したのか後悔するよね。


おんなじ労働なのに、あとの方がめんどくさいしやりたくない。


やっぱり、この後に楽しみが待ち構えているか、もう楽しみが終わってしまったかの違いなのかな。


そんなどうでもいいようで地味に気になることを考えながら、俺は片付けを終える。


「ふぁぁ、風呂入って寝るか。」


いつもならここらで明日の仕事について考えて鬱になるのだけど、今はそんな心配もいらない。


それは嬉しくもあり、そして少し悲しくもある。


働きすぎていたから休みたかったけど、あの会社や働くこと自体は割と好きだったし。


まあ、ブラックだし、残業だし、安月給だし。そこは改善して欲しすぎるんだけど。


俺は職場の様子を思い浮かべて、苦笑いしながら風呂へと向かった。





 ◇ ◇ ◇




「さて、寝ますか。」


風呂も入って歯も磨いてアラームもつけて。

もうやり残したことはない。


「じゃあおやすみ。」


俺は部屋のどこかにいるであろうイークアにそう声をかけて、目を閉じた。


伊予市にお家はできたし、あとは俺の頑張り次第だな。


そんな夢をいだきながら、俺は夢の世界へと入っていった。

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