第19話 課長からのお小言×10
「はい。すみません。」
『困るよぉ』
「修正が完了し次第、再度お送りします。」
『早めにねぇ?』
「はい。度々こちらのミスで大変申し訳ございません」
『ふんっ』
…………………はぁ
俺は深くため息を付いて、電話をデスクに戻した。
「先輩、またですか?」
「まあな。」
隣の席から首を伸ばして心配そうに尋ねた関に、大丈夫だと合図をする。
大家さんにはイークアのことも退去のことも認めてもらった、有意義な休日だったんだけど。まあ平日という言う名の戦時中はそんなこと関係ない。
先方からの理不尽な返品
先方からの納期確認
先方からの送ったはずの書類のありもしない不備報告
さらには、課長からのお小言×10
本当に、これがソシャゲだったらブチギレて即アンインストールするところだ。
今回もまた、こちらに全く非がないご指摘。
なんでも、送った書類の計算フォーマットが先方が使っているものと異なっていたみたいで。
そのままだとそっちで処理できないから、ちゃんとした形に直してくれってことらしい。
そもそも、契約段階の書類でこのフォーマットを共通で使用するって決めたようなきがしなくもないが……そんなこと言っても火をつけてしまうだけなので、大人しくポチポチ移行作業に取り掛かる。
えーっと、ここの桁が…………
「ふぅ……なんとか半分まで行った……」
昼休憩に入ったので、少し大きめの声量でそうつぶやく。
普通ならこんな事したら即課長と二人っきりでお話をしなければいけなくなるが、社畜たちの少ないオアシス、昼休憩に限っては周りもうるさくなるので、これくらいすぐかき消されるから大丈夫。
「こっちも後少しです。」
んーと背伸びをしながら関が言った。
「少しって言ってもあれだろ?」
「はい、頑張れば今日中に終わります。」
俺がうっすら笑いを浮かべて言うと、関もそれにのって苦笑いで悲しい現実を述べる。
「お前も大変だな。」
「そうっすね。」
俺たちはそこで笑いあった。
関とは同期じゃないし、タイプも違うけど、なんとなく気を抜いて話せるから心地良い。
まあずっと喋っているとただでさえ短い昼休憩がなくなってしまうので、お昼のおにぎりを噛みしめて食べる。
俺の食事も終盤に差し掛かり、あとはペットボトルのお茶を流し込むだけになった時、
「街はァーいぃまぁーー」
そう力強い声で昭和歌謡を歌うって、部長が通りかかった。
「あっ部長」
いつもは機嫌いいんだなーと受け流すが、今日に限っては声をかけた。
今日一日、ずっと部長とエンカウントする機会を伺っていたんだ。
「どうしたんだ?」
やはり機嫌がいいのか、部長は首を傾げて、俺のデスクによってきてくれた。
「後で少しお時間良いですか?」
隣でコーヒー牛乳を飲んでいた関が聞き耳を立てるのを横目で見ながら、俺は部長にそう尋ねた。
お願いだ…………
人生でこんなにも中年男性(小太り)と二人で話したいと思ったことはない。
「ああ、大丈夫だ。」
部長はハンカチで額の汗を拭きながら、爽やか……うん、まぁ爽やか……爽やかな笑みを浮かべて、サムズアップまでしてくれた。
「すみません。宜しくお願いします。」
俺は心のなかで部長に猛烈に感謝しながら、深く頭を下げた。
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