第20話 ぶちょうにおはなし
「で、話ってなんだ?」
夕方になり、全社畜たちがさぁここからは時間が労働だぁ、はかどるなぁ……はは……ははは………お母ちゃん………といった気分になる頃。
いつもより断然早く仕事を切り上げた俺は、部長と二人で会社の面談スペースに居た。
ここは、机と椅子があるだけの部屋で、中で話してることは外に聞こえないようになっている部屋だ。
「今月一杯で、この会社を辞めさせていただきたく思います。」
俺はバクバクする心臓を抑えながら、そうはっきりと言った。
ちゃんと用意しておいた、辞表届も机に出す。
「……そうか…………」
部長はそれだけつぶやくと、辞表届を見つめて黙り込む。
これは……ヤバいか……。
ブラックな会社はとことんブラックだ。
法律なんか無視して、辞めさせてさえ貰えないこともざらにある。
どうか……お願いします……
俺は息を吸うのすら辛いような沈黙の中、そう願い続けた。
「ふぅ……」
息を大きく吐いた部長は、一言。
「分かった」
そう言った。
「部長……」
俺は涙が出そうになるのを堪えながら、部長の顔を見る。
「大丈夫だ。君が入社したときからの付き合いだからな。ちゃんと課長にも周りの奴らにも黙っておいてやるから。」
部長は椅子に浅く腰掛けて、柔らかく笑いながら優しい声で話した。
「本当に、ありがとうございます。」
俺は深く頭を下げて、心からの感謝を述べる。
本当に、良い人だ……。
あの課長に爪の垢を煎じて飲ましてやりたいくらいだ。
「いいって。で、あてはあるのか?」
照れを隠すように、部長が言う。
その目はわらっていたが、奥からは心配の色が伺えた。
辞めていく社員の後のことまで想ってくれるなんて……本当に……
「はい。田舎に行って喫茶店でもやろうかと思ってます。」
俺はこみ上げてくる涙を抑えながら、返答する。
「そうかそうか。大変かもしれんが、開店したら呼んでくれよな。」
部長お腹をさすいながら、部長は豪快に笑う。
「はいっ!! 勿論です!!!!」
俺はもう限界で我慢できずに、泣きながら声だけは元気いっぱいに答えた。
「ははは、泣くなって。ほら、顔拭いて、帰るぞ。」
ハンカチを渡しながら、部長が言う。
「ありがとうござます……」
俺は受け取ったハンカチで涙を拭って、部長と一緒に部屋を出た。
昼にあのハンカチで部長が油を拭いていたような気がするが、今の俺にはそんな事気にならなかった。
今までも優しくて懐の広い漢だとはおもっていたけど、こんなにも良い人だったなんて…………。
俺は温かい気持ちのまま、残りの仕事に取り掛かった。
社畜は感動的な場面になっても、仕事からは逃れられないのだと思いながら――――
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