第60話 初めてのお客様はお兄様

「八時になりましたね。」


「そうですね。」


俺と神之さんは時計見ながら会話をする。


「開けますか」


俺は立ち上がって、お店の表へと出る。


「まあ並んでるとかはないよな」


流石にアニメではないので開店初日から開店待ちに並んでるとかはない。


「よいしょっと」


俺は店の前のクローズの看板を裏返して、オープンにする。


「何人来るかなー」


表で一度背伸びをすると、俺は店へと戻った。


「まあ気長にね。私がやってたときも人が来ないのもしょっちゅうでしたし。」


神之さんは笑いながら珈琲を飲んでいた。


「そうですね。」


俺も笑ってそう答えた瞬間。


カランコロン


扉が動いたときに鳴る鈴の音がした。


驚いて入口の方を見れば、お若い男性が一人立っている。


「あ、開いてますかね?」


彼は不安げに顔を覗かせて言う。


お、お客さんが……来た……!!?


「開いてます。」


俺はなるべくプレッシャーを与えないように、微笑みとともに答える。


コレも神之さんから学んだこと。ここでお座りくださいなんて言ったら、帰りづらくなっちゃうから。


「良かったぁ」


お兄さんはそう小さくつぶやくと、お店に入ってカウンターの端に座った。


おぉ、マジでお客さんじゃないか……!!!!


どどどど、どうしようか何をしたらいいんだっけ?


俺は頭をフル回転させて言われたことを思い出す。


そして、思い出した末に…………何もせずに、ただグラスを磨き続ける。


いや違う。別にサボってるわけでもビビってるわけでもない。これも教わったのだ。


変に手を出すと、自分も相手も緊張して変な空気になって居心地が悪い。

喫茶店は疲れを癒してリラックスさせるところなのに、居心地が悪かったら意味がない。


だから、基本は何もせず。必要なときには愛想よく対応。それが原則。


「頑張って」


いつの間にか俺の隣に移動していた神之さんが、ボソッとつぶやいた。


ありがとうございます。なんとか頑張ります。


「あの、注文良いですか?」


き、来た。

俺が気合を入れた矢先に、お兄さんはメニューから目を離してこちらを見る。


「はい、どうぞ。」


俺はなるべく愛想よく、普段を保って接客をする。


えっと、注文だからメモを取らないとな。

俺はポッケからメモ帳とペンを出して、注文を聞く準備を整える。


さぁこちとら準備満タン! いつでも来い!!


「えっと、モーニングセット一つとおにぎりを一つ。」


お兄さんはメニューを見ながら言う。


「かしこまりました。」


俺はすかさずメモを取って、頭を下げる。


ふぅ、ここまではなんとかやれてるぞ。


えっと、モーニングセットとおにぎりね。

お兄さん若いから朝から食べる感じか。


分かるわ、見た感じ出社前っぽいし、朝はいっぱい食べないとやる気でないもんな。


今八時過ぎで、ご飯食べに余裕があるってことは、始業時間はもっとあとか。随分と遅めの会社だな。


俺はそんなことを考えながら、手はしっかりと動いている。


パンを焼いてジャムを添えて、ポテサラを横に盛る。


米をとって、本日の具材である梅を真ん中に投入し、握る。


おにぎりは2個セットだからちゃんと二つね。


で、最後に珈琲を淹れる。


喫茶店だからね、ここにこだわらなくてどうするって話よ。


朝から目が覚めるように、しっかりと心を込めた一杯に仕上げようではないか。



よし、できた。


俺はそれらを出そうとするが……


「お砂糖忘れてる」


神之さんに止められてしまった。


あぁそうだ、珈琲にはミルクと砂糖を添えないと。


俺は神之さんに頭を下げて、お砂糖たちを珈琲に添え、今度こそ出す。


「どうぞ。おにぎりとモーニングセットです。」


「ありがとうございます。」


お兄さんは律儀に頭を下げてくれた。


おじちゃん、それだけで嬉しいよ。


おじちゃんと言うほどの歳でもないし、俺と彼でそこまで歳は離れてないと思う。


俺が28、あっちは新卒ぐらいだろうから23,4だろう。たかが4歳くらいの差。まだまだ俺だって若い。


俺は自分を励ましてカウンターに戻るが……


「いてっ」


その途中で段差もないのにコケてしまう。


うん、俺もう若くないわ。


「おいしっ」


俺はおにぎりを頬張るお兄さんを見て、そう改めて実感させられた。


ちくせう!! でもありがとう!!

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