第96話 昨日の今日のお呼び出し

「うむ……」


目の前に座る、威厳のある強面の男性。


「あらら……」


その男性の横に座る、おっとりとした雰囲気の女性。


「んぅ……」


そして、隣には頬を膨らませたさくやさん。


思い思いの声で唸る皆様が見つめているのは、なんとなんと、この私。


社畜歴3年以上、総残業時間は数え切れぬほど。

そんな、元社畜である俺。




どうしてこうなった?




心の底からそう叫びたいと思ったのは、これが初めてか。


いや、注文の直前までつめていたのに最終注文書で180度振り切って、全く別の依頼をされたとき以来だな。


事の発端は遡ること数時間前―――――








 ◇ ◇ ◇






「いらっしゃいま……せ…………?」


三連休二日目。

先日のさくやさんとのやり取りに夢を見たような感覚で迎えたその日。


お客さんがやってきたかと笑顔で挨拶した俺は、首を傾げた。


扉を開いて立っていたのは、昨日とは違くスーツに見を包んださくやさん。


「北原さん。」


「は、はい?」


彼女は頭の上に疑問符を浮かべる俺に詰め寄って、ドンとテーブルに手を置くと。


「香川に来てください!!」


そう、大きな声で叫んだ。


一方叫ばれた俺としたら、


「ほへ?」


そんなへんてこな声を上げて、首を傾げるばかりであった。










「……ということで、このあとうちの実家に来ていただきたく。」


さくやさんが申し訳無さそうに、でもどこか楽しげに言う。


今は、とりあえず席について珈琲をお出しし、彼女のお話を聞いたところだ。


彼女の説明を要約すると、昨日お見合いから逃げて家を飛び出た際に『好きな人と結婚する』と言ってしまった。


お母様方は本当にいるのかと疑っている。そして、もしいたとしたらその人がしっかりと娘に見合う人なのかも気になっている。それら二つの疑問を解消するため、すぐに相手を連れてこいと。


そして、そのお相手であるのがこの俺ということですね。


なるほど……親御さんのご心配もわからなくはない。


俺も逆の立場なら、好きな人がいるのか疑うし、いたとしても娘がお見合いを振り切って家を飛び出してまで会いにいく男なんだから、ひと目見たいと思う。


昨日の今日なのは、時間があれば彼氏役を演じてもらうとか、色々と誤魔化しようがあるからだろう。


うーむ、どうしましょうか。


いずれのいずれ。俺たちももう二十後半なので、数年後のそのまた数年後くらいには親御さんに挨拶なんてこともあるかとは思っていたが……。


まさか、一日後になるとは。


つい一昨日まで彼女がいないと嘆いていた俺が、今日には親御さんへの挨拶に頭を抱えているんだから、世界というのはわからないものだ。


まぁ、何にせよ。


男、北原将也。ここで行かないという選択肢はないだろう。


「分かりました。大丈夫ですが、少し時間をください。ちゃんとした服を出してきます。」


俺は深く頷いて安心させるようにさくやさんに微笑んだ後、二階へと上がっていく。


久しぶりの一張羅、出してこようじゃないか。


「あ、ありがとうございます!!」


後ろから聞こえるさくやさんの声に、俺達だといつになっても前進できないだろうから、急展開くらいのほうが丁度いいのかと、思ったのだった。

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