第105話 感動の序章〜side 二人の同僚〜

「いやぁ、まさかですね」


瀬戸内の風が吹き抜ける境内で、茶髪の優男がしみじみとつぶやいた。


「ほんとね。まさか彼がね。でも、良い子だったし、こうなっても不思議ではないけどね。上司としては嬉しい限りだよ。あ、元だけどね。」


そのとなりで、中年の男がこちらもしみじみと、まるで息子の結婚式に出席した父親のようにつぶやく。


本来厳かなはずの境内も今日ばかりは騒がしく、集まった人々は風に舞う桜を見上げることもなく、各々が笑いあっていた。


この場に集ったざっと数十人の彼らに、これと言った共通点はない。


なにか一つ挙げるとすれば、皆が心の底から喜ばしいといったような笑顔を浮かべていることか。


いや、それともう一つ。


彼と彼女をよく知り、その門出を祝福しているところ。


「部長はまだなんですか?」


「それ聞く? 実はね、婚約まではいってるんだ。」


優男の質問に、中年の男はポケットから大切そうに指輪を取り出すと、子供がお宝を掲げるかのように見せた。


「マジすか!? お相手はあの合コンの?」


「そうそう。年の差だし、お金目当てかと思ってけど、本気みたいで。逆に、そんなふうに思ってたの! って怒られちゃったよ。」


「アハハ、それはどうもお幸せに。」


二人は春の香りと、ほんの少しの蜜柑の香りに頬をほころばせながら話を進める。

他の人々も皆、微笑みながら近くの人と言葉をかわしていた。


「君だってそろそろじゃないの? あの合コンで出会った子と、まだ続いてるんでしょ?」


「まぁ。ぼちぼちと、考え始めてますね。ちょっと前まではまだ先かと思っていましたが……」


中年の男の問いに男は頬をかいて頷き、あたりを見渡す。


風にのってどこか遠くへ運ばれていく桜の花弁。

遠くから香ってくる蜜柑の香り。

人の笑う心地の良い声に、赤子が初めて立ったのを見て母親がこぼすような、優しげな笑み。


そんな“幸せ”が、境内を満たしていた。


「こんな空気に包まれたら、やっぱり憧れちゃいますね。」


「そうだよね。うん。」


男は鼻の頭をかきながら軽く笑い、もうひとりは深く頷いて優しげな笑みをこぼす。


「みんなあの時の人とくっついてるのは、偶然なんですかね。」


恥ずかしくて耐えきらないと言ったように、男が話題を変えた。


「わからないね。人って、不思議なもので。好きも嫌いも、ついて離れても。全部分からないよ。ただ、本人がそう思えば偶然だし、必然でもあるんじゃないかな。」


「そんなもんですかね。」


男の抽象的な例えに、優男は小さく首を傾げる。


「そんなもんなんだよ。」


そう頷いて、男は君にはまだ早いかなと大きく笑った。


「まぁ、あのヘタレな先輩がちゃんとここまでこぎつけられて、俺としては一安心っす。」


「ハハハ、彼はそういうのやろうやろうと思って先延ばしにしちゃうタイプだもんね。仕事はすぐに片づけるのに。」


優男が軽く笑いながら言った言葉に、男も笑って肯定する。


「あぁ、噂をすれば。今一番のラッキーボーイのご登場だよ。」


「なんかシャキッとしませんね。」


二人は鳥居の奥に立つ緊張した様子の男を見て、更に笑みを深くして言葉を交わす。


「そういうところも、彼らしいんじゃない?」


中年の男は首を傾げて笑い、


「そういうもんですかね。よし、ちょっと冷やかしてくるか。」


優男は肩をまわして一歩踏み出して、やっぱり笑っていた。


「やめておきなさい。晴れ舞台だもん。今くらいはカッコつけさせてあげようじゃないの。」


「それもそうですね。ご祝儀奮発したんだから、イチャイチャを見せつけてもらわないと。」


二人は見合って笑い合い、どちらからでもなく彼の方を向くと、


「先輩、結婚――」


「北原くん、ご結婚――」




「「――おめでとうざいます!!!」」




満面の笑みで祝福の言葉を投げた。

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