第104話 社畜たちは微笑みを溢す

はぁ〜、良かったぁ。


俺は男たちのいなくなったホームで、ほっと胸をなでおろす。


あれで乗り切れるか正直五分五分だったから、歯向かわれなくて本当に良かった。


俺はこれで一安心だと、後ろを振り向いて、


「もう大丈夫です……ね…………」


さくやさんを安心させようとして固まった。


「…………」


彼女は下をうつむいてどこか暗い表情のまま、こちらに一歩、二歩と歩み寄り。ぐっと俺の右手を引っ張って抱きつかせると、涙目で見上げて一言。


「……怖かった」


ッ!!!!!!!!!!?????


おいおいおい、ちょっとまってくれよ世界。

これは、いくらなんでも……。


普段敬語でしっかりとしているさくやさんが、タメ口でポツリとか細く言うと、もう本当にヤバい。


てぇてぇという概念をようやくちゃんとインプットできたような気がする。


ヤバい、めっちゃかわいい。


そう思うと同時に、そんなふうにさせてしまったという罪悪感が生まれる。


夜に人もいないところで女の人を一人にさせるなんて、よく考えれば不味いことは明らかだ。


そんなことすらも配慮できなかったことを悔いるとともに、俺は自分の中のとある気持ちを再確認した。


綺麗な彼女はきっとこれからもたくさん声をかけられて。


もしもその場に俺がいなくて、どうにかなってしまったら。


そう考えると、どうしょうもないほどに胸が苦しくなる。


俺は、彼女が。彼女と――――


「さくやさん、」


俺は安心させるように彼女の頭に手をおいて、話しかける。


さくやさんは無言でこちらを見つめてくれていた。

その緊張から解き放たれたという安堵の、許しきってくれた表情がどうしょうもなく愛おしくなって。


俺はつい、心のなかでしか言わないはずだった言葉を、放ってしまった。





「俺と、結婚してくれませんか?」





「……!!!?」


腕の中でさくやさんが体を跳ねさせて驚くのを感じる。


が、それと同じくらいに俺も驚いていた。


い、言ってしまった。


本来ならもう少し時間を開けて、ちゃんとした場所でちゃんとした気持ちで言うはずだったのに。


お義父様たちの話や、男の人達に取られそうになってしまったこと。そしてなにより、夜に微笑む彼女の姿。


その強くまっすぐとありながらも、頑張りによる疲れが抜けきらない、儚い姿に。


俺は惹かれ、その傍に居たいと思ってしまった。


そして思ったからには、言葉に出るのは時間の問題だった。


「え、あの、そ……」


未だ驚きと困惑から抜け出せないさくやさんの後ろから、


ガタタン、ガタ、ガタン、ガン


重いながらも心地のいい音をたてながら、列車がやってきた。


瀬戸内の夜に、歴史を感じさせながらも美しい列車が光り、目の前で軽く音をたてて停まる。


その姿は、どんなに一流のカメラマンが写真にうつしても伝わりきらない、美しさがあった。


「じゃあ、帰りますね……」


『あっ』と、大切な宝物が手から溢れてしまった子供のような声を上げる彼女に小さく微笑むと、列車に乗り込んだ。


「出発しまーす」


終電なのに眠さのかけらも感じさせない車掌さんの声とともに、ドアが閉まり始める。


「け……えっ……」


さくやさんがこちらを向いて何かをいいかけると、それを飲み込んで斜め下に視線をやり。


一瞬考え。そして、見上げて――――




「はいっ、喜んで」




――上気したように朱に染まった頬を上げ、目尻を光らせながら、微笑んだ。






ごめんなさいお義父さん。

約束は、守れませんでした。



俺は変わっていく景色が、ぼんやりと滲むのを感じながら、誰もいない車内で小さく微笑んだ。

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