第106話 感動の準備〜父と母〜

拝啓、お父様お母様。


桜の花も咲き始める季節となりました。

お二人はお元気でしょうか?


私といえば、瀬戸内のとある神社で。桜と蜜柑の香りと幸せに包まれながら、笑みを浮かべて突っ立っています。


今後ともお体にはご自愛の上、老後を謳歌なさってください。


敬具。どうしてこうなったのでしょうか?








「おぉ、よぉく似合ってんなぁ。」


「馬子にも衣装だってな。」


境内の端で、母さんと父さんが俺の周りを回りながらあーだこーだと言い合う。


「どうだ? どっか、いずいところないか?」


ぺらっと、服の裾をめくった母さんが俺を見上げながら尋ねる。


「ないよ、母さん。」


俺はその顔に懐かしさと気恥ずかしさを感じながら、返答した。


本当に、なんでこうなったのだろうか。


いやわかる。結婚式だもの、父さんと母さんがいるのはわかる。


大事な息子の一世一代の大舞台だからって、蔵から和服引っ張り出してきてるのもわかるし、俺が花婿の衣装で和服を着付けられているのもわかる。


わからないのは、なぜ結婚式をしているのかということだ。


いやまぁ、それは結婚するからに決まってるんだけど。


遡ること数週間前。


俺がさくやさんに半ば言い残すようにプロポーズをしてから、事は猛スピードで進んでいった。


さくやさんからお義父様たちに伝わり、そこから親戚一同に伝わり、波家の人脈を駆使してすぐに会場となる神社も呉服屋さんも全部決まって。


そこまでくればもうあとは、俺の親に連絡して式を挙げるだけ。


そんなこんなで、プロポーズしてから数ヶ月も経たずに結婚式を執り行う運びになったと。


いやぁ、なんというか。


波家のお力恐るべし。


田舎なので結婚式の情報はすぐに伝わり、その一体では有名な波家の一人娘であるさくやさんの結婚ということで。地域の方々が一体となって結婚式の準備を勧めてくれた。


…………流石です、お義父様お義母様。


「いやぁ、ほんとに連絡もたまにしかよこさないで生きてるのかも心配だったのに、知らねぇうちにめんこいお嫁さん見つけよって。なぁ父さん?」


母さんが俺の髪の毛を整えながら、しみじみとつぶやく。


「ほんとにな。10億だなんだって言ってんのも冗談かと思ったけど、いやはや世の中不思議なものだわ。あぁ、言っちまって大丈夫だったか?」


うんうんと頷いていた父さんだが、言ってしまったと周りを見渡してからひそひそ声で最後に付け足した。


「なんも。別にいいよ。もうここまで来て隠すようなもんでもないから。」


ここにいるのはうちの親戚とさくやさんのご親戚。あとは、俺とさくやさんの中の良いご友人だとかが数名と、手伝ってくださったご近所の方々。


俺は言わずもがな、さくやさんも友好関係は狭いみたいで、場の人数の割合で言えば地域の方のほうが圧倒的に多くなっていた。


というか、地域総出かと思うくらいに人がいる。


なんでも、若い子の結婚式ほどの娯楽はないらしい。確かに、昔から知っている子の結婚式は、こうくるものがあるのかもしれない。


「はいできた。中の中が、上の下くらいにはなったんでねぇの?」


母さんが余計な一言を付け足して、俺の肩を叩く。


鏡を見てみれば、たしかに普段のぼさっとした顔よりは何倍もいいが、かと言ってイケメンと胸を張って言えるほどでもない、見慣れた自分の顔があった。


社会の波に揉まれて、生きる意味を考えることさえ捨てていたあの頃に比べれば、幾分もマシだろう。


「うぅ、疲れたぁ」


まだ用意も途中なのに疲れが出始めた俺は、立ち上がって背を伸ばして――――固まった。


「お、おまたせしました」


そんな聞き慣れた。されど普段よりもさらに玲瓏な声が聞こえた。


一目見れば人々は息を呑み、桜の花や蜜柑の実さえも嫉妬して紅くなってしまうほどの天女が、そこにはいた。


「あぇぇ、こりゃあたまげた。こんなめんこいべっぴんさん見たの、母さん以来だ。」


「何を言ってるんだ。でも本当に、綺麗だ。」


目を丸くしてつぶやく父さんに、母さんがツッコみつつ微笑んで、感想を述べた。


「えへへ。お義父さんとお義母さん、ありがとうございます。」


天女――――さくやさんは、慣れない和服の袖を振りながら赤く彩られた唇を曲げて、控えめに微笑んだ。



綺麗



俺はその姿を見て、そんなありきたりな感想を抱いたのだった。

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