第87話 結婚…お見合い……したくない

「うげぇ」


俺は閉じたばかりのお店の中で、変な声を上げる。


「どうしたんですか、そんな踏み潰されたカエルみたいな声出して。」


暇だからと言ってお手伝いに来てくれていた神之さんが不思議そうにこちらを覗く。


「神之さん、時々辛辣ですよね。これはその、母親から手紙が来まして。」


俺は頬を引きつらせながら便箋を渡す。


「ふむふむ、なるほど、つまりはそういうことですか。」


「そういうことです。」


ザーッと目を通して、神之さんはなるほどとばかりにこちらを見る。


前々から言われてはいたけど、ついに来たかという感じだ。


部長とかさくやさんと出会った日から1週間弱。


とても平穏な日々を過ごしていた俺に、地獄への片道切符のごとくとある手紙が送り付けられたのだ。


宛先は北海道にいる俺の両親。特に母親。


「ついに来てしまいましたか。」


神之さんが手紙を読み終えて、苦笑とともに言う。


「はい。お見合いです……。」


俺ももう認めざるを得ないとガックリ肩を落としながら頷く。


一年前くらいから結婚はまだか、いい嫁さんはいないのかと急かされていて、それに恋人すらいないと泣きながら書いていたのだが。


ついに、母親からお見合い写真が送られてきてしまった。


「『とりあえず30人分の写真入れておくから、いい人がいたら言ってね。というか、一人か二人は選んでよ。』」


神之さんが手紙の一部分を音読する。


「放っておいたら結婚なんてしなさそうだからと言って、お見合い相手の写真送ってきます、普通? それにみんなあっち北国の人たちだし。」


もしこれでいい子を見つけたとしても、いざお見合いするとなれば北海道に戻るしかない。


そしてあの両親のことを考えるに、一人やるなら十人も同じだろと、行ったが最後。一日中お見合い祭りに強制連行されるに違いない。


「まぁ強制ではないところを見るに、本当に心配なんだろうね。ざっと見てみたけど可愛い子ばかりですよ?」


神之さんが同封されていた写真をパラパラとめくって、この子とかどうと差し出して言う。


「世の中顔じゃないんです……。俺は老けてお爺さんお婆さんになっても寄り添って愛し合えるような、そんな老夫婦になりたいです。」


「なんで老夫婦前提なのかわからないけど、そんなの結婚してみないとわからないですよ。本当に。」


俺のぐちに、神之さんが妙に心のこもった返事をする。


確か既婚者だった気がするし……色々と苦労しているのだろう。


目が笑ってないもの。


「まぁ私が思うに相手も不満を持っているのですよ。それでも夫婦二人三脚。死ぬまで歩いていくなら、この人がいいと思った人だからこそ結婚するのではないですか?」


なんだかんだ言っても、奥さんが好きということか。


奥さん、お嫁さん、家内、妻。呼び方は色々あるけど、なんか色んな意味から考えると男尊女卑になってしまうと問題になってたな。


気になる人は気になるのだろうから、先方の配偶者様をなんと呼べばいいのか一時期会社で話し合われてた。


結局、結論は出なかったけど。


「そういうものなのですかね。はぁ、一応目だけ通して適当な理由つけて断ろう。」


俺は神之さんに渡された写真をペラペラとめくりながら言う。


皆さんしっかりとした服装でキレイなのだけど、どうしても仕事相手として捉えてしまって、恋愛すると言う方向には行かないな……。


結婚相手……ね。


色々と思い浮かべたとき、少し前に会った彼女の顔が浮かんできて、それを頭を振ることで消す。


「結婚……出来ればいいですけどね。」


「出来ると思うよ……多分。」


俺と神之さんの閉店後の時間はこうして過ぎていった。

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