第80話 暇、平和。そして出会い。

「ふんふふーんふふーん」


俺は店のグラスを鼻歌を歌いながら磨く。


二人と別れて喫茶店に戻り、やることもないのでお店を開けた。


本日の来店者様、三名。


まぁ元々休むって言ってたし、三人でも来てくれれば御の字だろう。


うちの喫茶店は開店して日は浅いが、生きていける程度の黒字は出している。


まあ俺の場合、家賃もないし食費もお店の残りがあるしで色々生活費が浮いてるし、何より10億円という後ろ盾があるからね。


仕入れ値的に、俺が調子に乗って二号店とか開かない限りは、赤字でも別に構わないくらいだ。


素晴らしきかな10億円。

逆に死ぬまでに使い切れる気がしないけど。


まぁそこは、子どもたちに……って俺結婚してなかったわ。


それに子どもたちにってなると相続税キツイよな。まぁ仕方ないんだけど、なるたけ取られたくないのが人間ってもの。


落ちている宝くじを拾って、何気なく当選番号を調べてみれば1等当たっていて、よっしゃとはしゃいだは良いものの。実はそれが去年のやつで、10億はおろか400円の価値もないと知ったときみたいな。


別にもとから自分のものじゃないし、10億なんてないのが普通なのに、何故か損した気分になるあれね。


「ふんふふん、ふふふふん……ふぁぁ」


すみません、あくびが出てしまいました。


ニュースキャスターが如くあくびを謝罪して、俺は冷めてしまったお湯を沸かし直した。


お客さんが来たときのためにね。一応いつでも淹れられるようにしておくのだよ。


「ふぁぁ……今日も平和だね〜」


人が来るまでイークアの相手をしようかと、腰を上げる。


人が来たら分かるしね。


最近かまってられてなかったもんな。

寝るときとかは一緒だけど、流石にお店である一階で戯れることはできない。


毛とか衛生面の問題があるからね。


猫カフェとかの猫はしっかりとお手入れして躾けられているのだろうけど、あいにくうちの子はお転婆さんですから。


「そういや、ご飯ないよな」


朝あげたときに袋が空に近かったなと思い、買い物メモに書いておこうとペンに手を伸ばしたところで。


カランカランカラン


小気味のいい音を立てて、扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


俺はすっと腰を上げて伸ばしかけていた腕を体の前に持っていき、お辞儀をしながら言う。


「…………ッ!!?」


数秒の沈黙の後、息を呑む音が聞こえてくる。


俺、何かやらかしたかなと思いながら顔を上げ、


「ッ!!!!」


俺も息を呑んでしまった。


何故なら、扉の前で呆然と奇跡が起きたというような表情で立ちすくんでいる、シワひとつないようなスーツに見を包んだ女性が――――



「さ、さくやさん!?」




――――見知った顔をしていたから。

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