第81話 波のお悩み〜最高に温かい〜

カランカランカラン


たどり着いた喫茶店。

オシャレな雰囲気のそのお店のお店に手をかけると、心地の良い音がした。


「いらっしゃいませ」


扉を開けて一歩踏み出せば、奥にいる店員さんがお辞儀とともに迎えてくれる。


はぁ……暖かいな。


私は中の温もりに誘われて顔を上げ……


「…………ッ!!?」


……息を呑んだ。


数秒間、何が起こったのか理解できなかった。


私はカウンターでグラスを磨く、この喫茶店のマスターに見覚えがあった。


というか、ここ数日、数週間ずっと頭に浮かんでは消えてを繰り返していた。


が変わらぬ笑みとともに、そこにいたのだ。


「ッ!!!!」


私が呆然とこの奇跡に驚いていると、彼も顔を上げて、気がついたみたいだ。


「さ、さくやさん!?」


何度も反芻したはずの声が、実際に会って名前を呼ばれると、全く違うものに聞こえる。


あぁ、彼はこんなに優しくて、こんなにも穏やかで、こんなにも愛おしかったのだ。


私は自分の胸が何かを告げたそうに激しく主張するのを抑え、驚いたとこちらを見つめる彼に何かを言おうとして――


「うっ……うぐっ……んぅ……うぁぁ……」


――――なぜか、涙が出てしまった。


だって、だってだってたって……見知らぬ土地で疲れ果てて頼れる人もいない中で、やっと温かいところにたどり着いたんだ……。


まだ年の初めだし、外は寒いのに、このお店の中はこんなにも、のだから。


その温度差で、やっとたどり着けたという安心感で、彼に会えた喜びで、溢れた涙が止まらない。


「ど、どうしたんですか!? え? 大丈夫ですか!? とりあえず座りましょう、ね?」


お店の入口で縮こまって泣き始めてしまった私に、彼は駆け寄って背中をさすりながら声をかけてくれる。


「だいじょぉぶでずぅ……ぎだはらざぁん……まざやさん…………わだし……わだしぃ……ずっと……ずっどぉぉ……」


この気持ちを伝えたいのに、うまく言葉にできずにただ嗚咽とともに彼の名前を読んでしまう。


こんなの、面倒くさいだけだ。


いきなり現れていきなり泣き始めて、名前を呼ぶなんて。


なのに……


「は、はい。ずっと、どうしたんですか? ゆっくりで大丈夫ですよ、何があったかは分かりませんが、安心してくださいね。俺はここにいますから。」


なのに、彼は困った顔はすれど、面倒くさいといった思いは一切顔に出さず、泣き続ける私の背中をさすってくれる。


「うぅ……ゔぁ……あぁ……う……」



私は……もう、限界だ。



普段なら絶対にしない。できない。



けど……けど、もう我慢できないから。



だから、彼の優しさに甘えて、今だけは――





「ぎだはらざぁんっ!!!」




――その胸を、借りてもいいですか?


「うぉっ!!? え? え? えぇ!!? 本当にどうしたんですか……。」


彼は驚きながらも、抱きついた私を受け止めてくれる。


「うぅ……どうじだっでいうが……わだじ……ずっどぉ……」


話したいことはたくさんあるし、伝えたいことも増えた。声にしたいのに『ずっと』、その先が出てこない。


「無理しなくて大丈夫ですよ。ほら、大丈夫ですからね。よく頑張ってますよ。お疲れさまです。色々と大変でしょうに、本当に偉いですから。だから、ゆっくりと落ち着きましょうね。何か飲みますか? 喫茶店なんであれですけど、ホットミルクとかならできますよ。」


戸惑いながらもゆっくりと私の背に手を回して、ポンポンと叩きながら、彼は優しい口調で言う。


「いや……今はしばらく……このままで……」


私は彼の温かみを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

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