第82話 泣いてる女性の対応マニュアル㊙

こちらを見つめながら、彼女は喜んだり微笑んだり悩んだりと百面相を見せて、しまいには。


「うっ……うぐっ……んぅ……うぁぁ……」


その場に座り込んで泣き出してしまった。


う、うっそーん……。


俺、そんな悪いことした?

どうしたの? えっ……えぇ……!?


いきなり泣かれてしまうと、どうすればいい変わらない。というか、こちらのほうがテンパってしまう。


「ど、どうしたんですか!? え? 大丈夫ですか!? とりあえず座りましょう、ね?」


俺はとりあえず泣いている彼女に近寄って、その背中をさする。


この厳しい世の中。セクハラだっ!! って言われてしまうかもしれないけど、流石にこれを放ってはおけない。


もし彼女が嫌ならば謝りますばい、許しておくんなまし。


「だいじょぉぶでずぅ……ぎだはらざぁん……まざやさん…………わだし……わだしぃ……ずっと……ずっどぉぉ……」


俺が脳内でいきなり訛りだす間も、彼女はずっと泣いていた。


涙交じりだから全部は聞き取れないけど、大丈夫では……ないですよね?


『ずっと』どうしたのだろうか。


そんなこと言われてしまったら、気になって夜しか眠れないよ。健康だろ。


「は、はい。ずっと、どうしたんですか? ゆっくりで大丈夫ですよ、何があったかは分かりませんが、安心してくださいね。俺はここにいますから。」


どうしたら良いか分からず、とりあえず横に座って背中をさすり続ける。


会社で泣いている女の人の対応なんて習ってないのだ、仕方ない。次から研修プログラムに入れてほしいところ。


あっ、うちの会社研修なんて親切なものなかったわ。アハハハ。


「うぅ……ゔぁ……あぁ……う……」


俺のブラックジョークがお気に召さなかったようで、彼女は嗚咽しながら涙を流す。


さてと、どうしたものか。


自慢じゃないけど、生まれてこの方泣いている女の人を慰めるシチュに出会ったことがない。そして、付き合ったこともない。


そんな俺にどうしろというのだ。


くそぉ、こんな時俺がイケメンだったら『泣かないでお嬢さん。君が泣いたら世界も泣いてしまうよ。大粒の雨を垂らしてね☆』みたいなことを言えるのだろうが、あいにくと私パンピーなので。


パンピーというのは一般ピーポーの略で、一般人ということである。昔流行ったとか言われてしまうと、おじさんは泣いちゃうよ。


俺が時の流れによるダメージを受けていると、さくやさんは涙で濡れた顔で数秒こちらを見つめたあと……


「ぎだはらざぁんっ!!!」


……俺のことを呼びながら、飛び込んできた。


!!!???!!???!!!!??!!?


おいおいおい、嘘だろ。これどうすればいいの?

ここままだと抱きついてしまうけど、大丈夫なのか?

セクハラで訴えられない? 保険降りる?


「うぉっ!!? え? え? えぇ!!? 本当にどうしたんですか……。」


俺は手を広げて彼女を受け止める。


彼女の体はとても細くて、女の人抱きしめたことなんてないので、ドギマギしてしまう。


本当に訴えられないのか……。


悪いことばかり考えてしまうが、俺の顔を見て泣き出したさくやさん。突然の飛びかかり。そして、今いる場所。


それらを考えれば、彼女が泣き出した理由もだいたい想像がつく。


「うぅ……どうじだっでいうが……わだじ……ずっどぉ……」


俺は必死に何かを伝えようとしてくれる彼女を、控えめに抱きしめ返す。



寂しかったのだろう。



何故愛媛にいるのかはわからないけど、九分九厘お仕事だろう。知らない土地で知らない人たちと話すのはとても疲れるし、寂しいものだ。



辛かったのだろう。



推測だが支部を作るためにこちらまで来たのだと思う。支部開設を俺も一度やったことはあるが、あれは殺人的な忙しさだ。鍛え上げられた社畜たる俺でも死にそうになった。


大変だったのだろう。

苦しかったのだろう。


そういうときは……心に余裕のないときほど。


誰かに会いたくなるし、慰めて欲しくなるし、褒めて欲しくなるし、抱きしめて欲しくなる。


そういうものだ。


「無理しなくて大丈夫ですよ。ほら、大丈夫ですからね。よく頑張ってますよ。お疲れさまです。色々と大変でしょうに、本当に偉いですから。だから、ゆっくりと落ち着きましょうね。何か飲みますか? 喫茶店なんであれですけど、ホットミルクとかならできますよ。」


俺は……俺だからこそ、その辛さは痛いほど分かる。


俺の場合、甘えられる相手なんかいなかったけど、寝れば忘れられるタイプなのでなんとかなった。


真面目な彼女だからこそ。思い詰めてしまうし、誰かが受け止めてあげないとダメなのだ。


そして……俺がその役になってあげられるならば、嬉しいな。


「いや……今はしばらく……このままで……」


さくやさんは俺の肩に顔を埋めて、小さくつぶやく。


その声は普段と違って安心しきっていて。それがとても嬉しかった。


「分かりました」


俺はさくやさんの頭を撫でながら、つぶやいた。

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