第98話 お義父様の問い
『君は、娘を幸せにできるのかね?』
沈黙の始まりはその一言からだった。
お義父様が仰った言葉が波紋のように広がり、部屋を駆け巡った。
お義母様は『あらあら〜』と微笑みながらも、こちらを品定めするような目で見てきているし。
さくやさんは、お義父様の睨みに対抗して、頬を膨らませているし。
聞かれた本人の俺といえば、なんと返せばいいのか頭を悩ませているというのが、今この状況の大まかな解説である。
「君は、娘を幸せにできるのかね?」
お義父様がもう一度、念を押すようにつぶやいた。
こちらをまっすぐと捉え続ける眼は本物だ。
その力強さから、お義父様が今までくぐってきたであろう修羅場の数と、俺が今から上らなければならない壁の大きさが分かる。
さて、と。
――――君は、娘を幸せにできるのかね?
それはとても単純でいて、最もと言ってもいいほどに難しい問い。
ここで、出来ませんと答えるのは論外。悪手中の悪手。そんなやつに娘を渡せるかと叫ばれて終わりだ。
つまり、取るべき答えは『はい』一択なのだが。
議論というのは常にエビデンスがあって成り立つ。
つまり、自分がさくやさんを幸せにできるという確固たる証拠を、お義父様が否定する余地もないほどに積み上げ、証明するしかない。
一週間前から伝えられて用意した状態ならば容易いだろうが、今この場でとなるとキツイものがある。
B5用紙にまとめたレジュメどころか、パワーポイ○トすら用意できていないのに。
女性が男性に求める『3高』では「高学歴」、「高収入」、「高身長」が大切とあるが、ご両親に挨拶するときにおいては、また違ってくるだろう。
証明すべきは、
安定した収入があり、子供が複数人産まれたとしても余裕のある生活を遅れるのかという、経済力。
いついかなることがあろうとも彼女を守り抜き、お互いの欠点を理解し合い分かり合えるのかという、包容力。
そして最後に、
他の女性に誘惑されても、歳をとっても、何時までも、何時いかなる時も愛し続けられるかという、一途力。
この3つをまとめてより抽象化したソレが求められる。
つまり――
『人間性』
――ソレが何より、大切なのだ。
さて、自分の人間性が良いことをどのように証明すればいいのか。
今まで勉強も仕事も愚直にこなしてきた俺が当たる、最初で最後の証明だ。
逆に言えば、しっかりと信頼でき、娘を任せられる人間性があると証明できれば、ご両親にも納得していただけるように思う。
一世一代の大舞台とはこのことだろう。
ここでやらないでいつやるんだ。まさしく、今でしょ。
俺は目の前のお茶を口に含み、頭を急加速していく。
自分の持ち得る力を炙り出し、それらを線でつなぎ合わせて積み上げる。
そして、一つの結論を導き出した。
それは一見突拍子もない答えであり、悪手にも見えるが、この場を切り抜けるためにはその手が正しいように見えた。
賭けるか
俺は舌で乾いた唇を濡らし、大きく息を吸った。
さぁ、この一言から始めようではないか。
俺と彼女との、
愛の証明を――――
「私は、さくやさんが好きです」
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