第99話 愛の証明
「私は、さくやさんが好きです」
その言葉に、お義父様がほうと目を細める。
俺は焦る心を落ち着かせて、呼吸を整えてから話し始める。
「初めて出会ったときに恐れ多くも、自分とどこか似ていると思ったんです。どこか人生を客観視していて、上からの風に流されるタイプだと。」
唐突なディスにお義父様とお義母様の視線が鋭くなるのを感じながら、俺は話を続ける。
「でも、彼女を知っていくたびに、それが間違いだと気が付きました。さくやさんは自分とは違ってしっかりと己の芯があって、信念がある素敵な方でした。そしてとても賢くて、色々と悩みを抱えてしまうタイプだということも分かりました。」
本当に彼女は強い。
俺にはできないこと、俺では勇気が足りないことができる。本当に強い人だ。
それに比べて俺は。俺は、
「私は何もない薄っぺらい男です。倒してもただ立ち上がってくることしか取り柄はありません。本当に彼女とは正反対で、隣に立つなんて夢のまた夢ですが、今こうしてこの場にいれています。」
俺はそこでぐっと手を握りしめ、顔を上げる。
驚きもせずにただまっすぐとこちらを見つめる二つの眼に、怯んで口が止まりそうになる。
その時、地面においた拳に、隣りに座ったさくやさんの手のひらが重ねられた。
ふと目線をやれば、そんなことないとさくやさんが微笑んでいた。
ありがとうございます。
頑張ります。
俺は目でそう返して、お義父様に向きかえる。
「ならば、この世界が夢であってもなくても手に入るというのならば、全力で掴みにいって手放したくないと思うのが人間ではないでしょうか。」
この上なく真剣に、誠実に、愚直に。
ひねりも何もなく、ただ自分の想いを伝える。
「先程も言ったとおり、私は何にもない男です。俗に言うブラック企業で3年間働き、数ヶ月前にその会社を辞めて今は愛媛の伊予市で喫茶店をやってます。私の唯一の取り柄は、ブラック企業でも耐えられる忍耐力です。結婚は忍耐と言いますが、耐え忍ぶことにおいては誰にも負けないと自負しております。」
そこで笑いが起こることもなく、ご両親は変わらぬ鋭い視線でこちらを見据えていた。
こうも表情が変わらないと、やりにくいが。
そこはいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたエリート社畜。最後まで諦めずにやりきろう。
「本当ならば今もブラック企業にいたと思います。けど、ひょんなことから辞める理由ができて、そしてさくやさんと出会って。もう少し、自由に生きてみようかと思えたのです。」
変わらないと嘆いていた世界が、いつか見たいと望んでいた未来が、掴みたいと叫んでいた夢が。
あの一枚の紙切れから、この一人の女性から――
――始まった。
「私と彼女では釣り合わないかもしれません、納得もしてもらえないかも知れません。ですが、私はさくやさんが好きです。彼女に助けられたことも、教えてもらったことも沢山あります。」
俺は弱虫で臆病だから、全部全部一緒くたにして心の奥にしまい込んでしまうけど。
本当は何度も『ありがとうございます』と、叫びたかった。
「もしも、認めていただけなくとも、何度でも足を運ばさせていただきます。なにせ、忍耐力だけは自信がありますので。」
俺は最後に、そんな軽い言葉で話を終えた。
やれることはやった。策を練ろうと考えに考えた末、何も考えずにただ想いを伝えるのが最善だと気がついた。
だってこれは、むさ苦しいおじさんたちとやる書類上の数字のやり取りじゃなく。
正真正銘、心の対話。
魂のぶつかり合いなのだから。
何も取り繕わず、ただただ真っすぐに進む。
俺はその道しか、知らなかった。
長い沈黙が部屋を満たす。
駄目か……。
俺が諦めかけたその時。
「もういい。分かった。」
お義父様が低い声でつぶやいた。
駄目……か………。
俺が悔しさから頭を下げるとほぼ同時に、
「娘を、よろしく頼む。」
お義父様が俺よりも深く頭を下げた。
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