第61話 がんばれ若者!(自分も
「うめぇ」
お兄さんがモーニングのパンを食べながら、そんな声を漏らした。
うんうん、美味しいよねそのパン。
俺はその一言で天にも昇る心地だ。
お前は焼いて出しただけだろと言われてしまえばそこまでなのだけど。やっぱり自分が出したものが誰かに食べてもらえて、それで美味しいって言ってもらえたら嬉しいね。
というか、お兄さんどこで働いてるんだろう。
こんな時間にご飯食べるってことは遅めのお仕事だろうけど、皆目検討もつかない。
そもそも俺が始業時間ナニソレオイシイノだったせいもあると思うけど。
この辺、そこそこお店とか工場とかあるから選択肢も広いしな。
俺が疑問に思っていると、お兄さんは珈琲を一口飲んで、
「受からねぇな」
そう小さくつぶやいた。
なるほどね、そういうことか。
思えば今時期ってそんな季節だよな。
そりゃこんな時間にスーツ着てご飯食べててもおかしくないわ。
さっきから暗い顔をしていた理由もなんとなくわかった。俺もその時期に全然貰えなくてすっごい焦ってたから、気持ちはよくわかる。
ただ、最終的に行くところなくて仕方なくブラックってのは、絶対にやめたほうがいい。マジで、洒落にならないから。
「ごちそうさまでした。」
お兄さんは珈琲を飲み終え、立ち上がって言う。
その言葉も、どこか暗く感じられた。
「カードで。」
「かしこまりました。」
俺はお兄さんからカードを受け取ってレジを打つ。
なにげにお会計でレジに立つのこれが初めてだから、少しワクワクしている。
「美味しかったです。ごちそうさまでした。」
お会計を済ませて、トボトボとお店を出ようとするお兄さん。
俺はそんな彼の背中に向けて、
「ありがとうございました。就活、頑張ってください。」
そんな言葉とともに深く頭を下げた。
「あ、はい。頑張り……ます。」
俺は頭を下げていたから、どんな顔をしていたかは分からない。
けれど、顔を上げたときに見えた彼の背中は、ちょっとだけ大きかった。
頑張れ、就活生。
「いやぁ、なんとか完遂しましたね。」
俺はカウンターに戻って、またいつの間にか定位置の席に戻っていた神之さんに声をかける。
この人瞬間移動できるのかな。
「お疲れさまでした。ちょっとのミスはあったけど、とても良かったですよ。」
神之さんがいつもに増してニコニコしながら言う。
「そうだったら、良かったです。」
俺は嬉しくなりながら、お兄さんのお皿を下げて、片付けていく。
出して終わりではなく、終わったあとの片付けまでがお仕事だからね。
「まだまだ始まったばかりだから、気長にね。」
「そうですよね。」
俺は神之さんと雑談しながら、次なるお客さんを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます