もしも社畜が10億円手に入れたら。
もしも社畜が10億円手に入れたら。
「いらっしゃいませ」
俺は、お店の扉が開くと同時に元気よく言った。
「いつもの」
「俺もいつもので」
「かしこまりました」
入ってきた人たちとその注文内容に少し頬を緩めて、俺は準備に取り掛かる。
初めは慣れずにもたついていた作業も。
この厨房に立ち続けて数年、流石にもう慣れていた。
「おまたせしました。珈琲になります。」
淹れたての珈琲を、カウンターの向こう側に座るお客さんに出す。
「おぉ、ありがとう。やっぱここの雰囲気はいいよね。」
彼はそれを受け取って、ぐるりとお店の中を見渡して笑った。
「珈琲と、パンケーキになります。」
「おぉ、あざっす」
続いてもう一人のお客さんに、少しミルクを入れた珈琲とハチミツたっぷりのパンケーキを出す。
「部長、最近奥さんとどうっすか?」
軽く会釈してそれを受け取った彼は、早速ナイフでパンケーキを切り分けながら、隣に座る男に尋ねた。
「普通だよ。子供が出来た話……は前にしたよね。子育てとか初めてで色々大変だけど、奥さんと一緒に頑張ってるよ。ただ、もっと早く帰ってきてとよく怒られちゃうけど。君の方は?」
彼は幸せそうに笑って答え、隣に質問を返す。
「俺はですねぇ……」
聞かれた男はこっこりと笑うと、取り分けていたナイフをおいて改まり、
「なんと、結婚することになりました!!」
そう、幸せを言葉に載せて、とき放った。
「おぉ!! やっと!!!」
「おめでとう!!!」
突然の報告に、俺たちは拍手とともに素直に祝福の言葉を送る。
「あざっす。プロポーズは前々からしてたんですけど、どこかの元部長さんのおかげで仕事が増えたんでできてなかったんですが……ようやくすることになりました。」
頭に手を当てて感謝の言葉を述べながら、彼は隣の男にジト目を向ける。
「あ、あはは、その説はどうも。」
見られた男といえば、本当に恐縮そうに頭を下げていた。
「いやいや、良いですよ。元部長の現代表取締役社長さんの誰かさんには、良くして頂いていますからね。えぇ。」
男は嫌味っぽく言い、冗談ですよと付け足して笑った。
「まさか、部長が社長になって、関が取締役になるとはな。」
俺は珈琲を飲んで笑う二人を見ながら、しみじみとつぶやく。
彼ら――――関と元部長は、この数年の間にあれよあれよと大出世を遂げたのだった。
「ホントですよ。先輩がいたら絶対なりませんでしたよ、こんな役職。」
「そう言わないでくれよ、たしかに無茶振りしている自覚はあるけどさ。」
俺を指さしながら言った関に、部長という名の代表取締役さんが申し訳無さそうに言った。
「まぁ、昔に比べれば全然いいですけどね。週休二日、残業代有り、一日八時間労働。そんな会社が実在するなんて思いもしませんでしたよ。」
関はパンケーキを頬張りながら、そう言って笑う。
「頑張ったからねぇ。いやぁ、本当に大変だったよ。」
「よく変えられましたよね。本当に、お疲れさまです。」
遠い目をする部長に、俺は労いの言葉をかける。
辞めてしまったからよくは分からないが、あの上層部の中から社長になり、その上で改革を成し遂げるのは生半可な労力ではないだろう。
本当に、お疲れ様だ。
「そう思うのなら、今からでも戻ってきてくれて良いんだよ? 大丈夫。椅子ならいくつでもあるから。」
そう言ってにやりと微笑む部長に、
「いやぁ、今回は見送らせて頂くということで。娘もいますし。」
俺は丁重にお断り申し上げる。
辞めて結婚もして、もう何年も喫茶店をやっているんだ。今更戻れはしない。
「そうですよ! 先輩こそどうなんですか、最近!! 一番早く結婚して、女の子の双子に、男の子でしょ? 今何歳でしたっけ?」
俺の娘の話が出て、待ってましたとばかりに関がまくしたてる。
「えっと、上の二人が四歳で、下が一歳前かな。」
結婚してなんやなんやあって……本当に色々あって。幸せなことに三人の子宝に恵まれました。
初めての出産が、二人だったのは本当に驚いたよ。
その分感動も二倍だったけど。
「おぉ、それは可愛い盛りでしょ。」
「可愛いのは当たり前なんですけど、大変は大変です。妻と二人で何とかって感じで。」
羨ましそうに言う部長に、俺は苦笑いして答える。
四歳は遊び盛りで、目を離せばすぐにどっかに行ってしまって大変なのだ。
部長さんも、すぐに分かるようになるよ。
とても可愛い分、とても大変だから。
「奥さんもねぇ、こっちで支部長続けながら子育てだもんね、大変だよね。」
「本当に頭が上がらないです。」
部長の言葉に、俺は拭いたグラスを棚に戻しながら返事をした。
本当に、ほんっっとぉに、さくやさんには感謝している。
大きな喧嘩もなく……たまにしかなく、ここまでやってこれてるのは
「話をするから、会いたくなっちゃいました。今日はいないですよね?」
店内を見回しながら関が尋ねてくる。
「うん、幼稚園。けど、もうちょっとで帰ってくると思うよ。」
もう夕方だしそろそろ……って、噂をすれば。
お店のガラス越しに、白いバンが停まったのが見えた。
「ほら、来ました。」
俺がそうつぶやくと同時に、お店の扉が開いた。
「ただいま! あ、お二人もお久しぶりです。」
下の子を背負ったさくやさんが、カウンターに座る二人を見て軽く会釈をする。
「ただぁま〜! あぁ! おじちゃんたち!!」
「ただいまです。おふたりとも、おひさーぶりです。」
そして、さくやさんに手を繋がれた二人が、それぞれの反応を見せた。
お姉ちゃんの方は元気いっぱいに。
妹ちゃんの方は人見知りを発動しながらも、お母さんの真似をして挨拶をした。
「おかえり」
俺は微笑んで、三人を迎え入れる。
「お邪魔してます。」
部長はペコリと座ったまま会釈をし、
「お久しぶりです。ちっこいのも、元気だったかぁ〜!!」
関も軽く頭を下げてから、娘たちに絡みに行く。
はじめて会ったときは、初対面だから緊張したのか、走って逃げて関を泣かせていたが。
そこからだんだんと仲良くなって、今ではある程度の信頼関係を築いたようだ。
「元気ぃ!! おじちゃんは!?」
「元気だぞ! あと、俺はおじちゃんじゃない! お兄さんだ!!」
いつものやり取りをした後、関が見るからに怒ったという顔をしてお姉ちゃんを追いかける。
「うぁぁ! おとーさん、おじちゃんがいじめてくる〜!!」
「おとぅさん、ただいまぁ」
仲いいなぁと笑っていた俺に、逃げてきたお姉ちゃんと、とぼとぼと歩いてきた妹ちゃんがほぼ同時に抱きついてきた。
「おかえり。ほら、二人とも手洗ってきな。」
俺は二人をぎゅーっと抱きしめ返して、さくやさんの方を指さして言う。
目があったさくやさんと、お互いに視線と頷きだけで『おかえり』『ただいま』をやり取りする。
「二人ともいくよ〜!」
「「は〜い!」」
さくやさんの言葉に、娘たちは手を挙げて応え。
三人仲良く手を繋いで、二階へと上がっていった。
「幸せだねぇ」
「幸せっすね」
家族の背中に手を振る俺を見て、部長と関が微笑ましいものを見たとつぶやく。
「うん、幸せだよ。本当に。」
俺は親指を立てて、自慢気に満面の笑みで言い放つ。
本当に、幸せだ。
ヤケクソで買ったあの宝くじから、全てが始まった。
あの10億円はまだほとんど手を付けてないけど。
でも、宝くじがくれたのはそれだけじゃないんだ。
10億円当たったことで、今までずっと足踏みしていた色々なことに、一歩踏み出す勇気が出た。
幼い頃に描いた、皆からつまらないと笑われた
だけど、俺にとってはとても大切な夢が――
――――今こうして、最高の形で叶っているから
もしも社畜が10億円手に入れたら。
いや、10億円手に入れなくても。
暗闇の中で
夢に向かって、
一歩を踏み出す勇気さえあれば、きっと
誰だって、何時だって、
夢は叶う――――――――――――――
もしも社畜が10億円手に入れたら。
ー完ー
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
長らくお付き合い頂き、誠に有難う御座います。
『もしも社畜が10億円手に入れたら。』これにて完結となります。
たくさん書きたいことはありますが、何を書いてもきっと、蛇足になってしまうと思うので。
ただ一つだけ。ここまで応援してくださった皆様に、心からの感謝を述べさせてください。
本当に、ありがとうございます。
そして、最後に一つお願いが。
もしも、このお話を読んで、私のお話を気に入っていただけましたら。
作者フォローの方をしてくださると、とても嬉しいです。
作者フォローをしますと、私の新作情報などが分かりますので、良ければしてやってください。
ではでは、本当に長い期間お付き合いいただき誠にありがとうございます。
あなたがこの先迷ったときに、ふとこのお話を思い出して、一歩踏み出すことができたのなら。
私はとても嬉しいです。
ご贔屓にどうも。
どうぞご贔屓に。
俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き
もしも社畜が10億円手に入れたら。 俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き @Ch-n
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