第71話 社畜寄れば会社の愚痴

「あいつら忘れてないよね……」


俺は久々に来た駅の前で、愛車の傍に立ってつぶやく。


俺がどこかに出かけるわけではなく、人を待っている。


元仕事仲間の現役社畜二名。

こう書くと最低な紹介だが、元後輩の関くんと、元上司の部長さんである。


なんでも取引のある銀行さんがこっち四国で新しく支部を開くとかで、その関係でやってきているらしい。


東京の銀行さんが四国愛媛の松山に開くなんて珍しいよな。今どき縮小方向なのに。


まぁあれだ、大手に対抗しないといずれ潰れる……っていうのだろう。


大手に対抗せずほそぼそ対企業で生き長らえるか、大手に対抗して地方にも手を伸ばして一攫千金狙うか。


これは経営陣の方向性の違いだよな。俺だったら絶対都内に籠もる。


ハイリスク・ハイリターンより、ローリスク・ローリターン。


そういうちっちゃい人間でございます。すみません。


「北原くん!!」


「せんぱーい!!」


身長もう少し欲しかったよなとか、もう来ない成長期に思いを馳せていると、駅の方から声がする。


部長さんは右手を軽く挙げて、関は犬のしっぽのようにブンブン振ってこちらにやって来る。


傍から見れば、スーツ姿の成人男性二人がはしゃぎながら、これまたスーツの成人男性に駆け寄っていくという、とんでもなくシュールな絵面になっていることだろう。


「お久しぶりです。関も、久方ぶりだな。」


俺は部長に頭を下げ、関には片手を挙げ返す。


「いやぁ、ちゃんと開店記念に呼んでくれてよかったよ。上司後輩の間柄だから、嫌われてないかちょっと不安だったからねハハハ」


「お久です。先輩、知らない間に店開いて、車まで買ってるじゃないっすか。景気いいですね。」


部長は額の汗を拭きながら、関は車を見ながら、二人共笑って言う。


「必要経費なんだよ。主な移動手段だから。会社だったら経費で落ちるね。」


「いや、これは厳しいよ。うちの経理部なら多分6割負担。」


俺は関にドヤ顔で言うが、部長が車を見ながら苦笑した。


「ですって。4割は先輩持ちですよ。」


関はやってやったというしたり顔と、嫌なことを思い出したという苦い顔を同時に浮かべながら言う。


「うぅ、否定できんのが辛い。あっちも仕事だから分かりますけど『小さいものは自己負担でいいだろ?』『大きいのは負担しきれないから半分はそっち持ち。』って言ってくるのは、本当に辞めてほしいですよね。」


赤ペンは100円しないでしょ? それくらい個人負担できるっしょ?


えぇ、この機械ほんとに必要? しょうがないな、7……いや、6割負担。そっちで4割負担でお願いします。


…………思い出したくなかった声が、右から左から飛び交ってくる……。


「困ったもんだよね。前、コピー用紙申請したら蹴られて流石に驚いたよ。」


「あぁあれですよね。それは厚いやつだから、もう少し安いコレにしろって、ペラッペラのうっすらグレーのやつ頼ませられるっていう。」


部長と関も分かると言う顔で強く頷いている。

みんな苦労してるんだよな。


「相変わらずですね。」


三人寄れば文殊の知恵。社畜寄れば会社の愚痴。


俺は久々の社畜エピソードに苦笑しながら、二人を車に乗せた。

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