第51話 神の雪
「こんにちは」
俺はピンポンを押して言う。
いつ来ても立派な家というか、よく手入れしてるよなって感じ。
結婚してるのかは分からないけど、これを一人でってなると相当大変だろうな。
「あぁ、こんにちは。お久しぶりですね。」
玄関を開けて俺を見ると、神之さんは柔らかな笑顔で言う。
「はい、その節はどうも。」
俺は頭を下げた。
本当に、お店を貰った上に技術まで教えてもらえるなんて、頭が上がらないよ。
「いえいえ。今日はあれですかね、開店の設備とかそのへんですかね?」
……な、何故分かった!? まさか盗聴器が!?
そんなホラー展開になることはない。
なぜなら、これまでもちょくちょく相談していたから。
やはり元々やってた方の意見は大事だと、通わせて頂いていた。お陰さまでだいたいの構図というか、何をどうするかというのは固まってきている。
「その通りです。」
「さあさあ、お上がりください。」
神之さんに言われて、中に入る。
この家に来るのもかれこれ何十回目。
もう案内されなくても、どこに行けばいいかは分かっている。
「もう今日決める感じですか?」
神之さんが道の途中で尋ねた。
「えっと、そうですね。今日決められたらと。」
そんな簡単にはいかないだろうけど、ずっと先延ばししてたらいつになってもやらないと思うし、今日で決めちゃうくらいの度量が必要なのかも。
「少し待ってて下さい。」
「了解です」
俺は微笑む神之さんに礼を返して、先のお部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました。」
「待ってな……って、え?」
丁寧に言う神之さんに待ってないと言おうとして、俺は固まる。
神之さんの隣に、見慣れない男の人が立っていたのだ。
「はじめまして。」
「はじめまして……?」
挨拶されたから反射的に返してしまったけど、この人は一体誰?
俺よりは年上で、四十代くらいの男性。優しそうな表情をしていて、穏やかな雰囲気。
変な人じゃないとは思うけど……。
「こちら、お店の設備などを取り扱ってる、
「どうも。今回はよろしくおねがいします。」
神之さんに紹介されて、雪さんが頭を下げて挨拶をする。
「あ、はい。よろしくおねがいします。」
働いてた頃は初対面の人でも、すかさず社畜スマイルを向けて商談に移れるけど、プライベートとなると戸惑ってしまう。
俺も頭を下げるけど、イマイチ分かってない。
お店を開くのに必要な機材とかを揃えてくれる業者の方ってことは分かったけど。
「じゃあ、大まかなことは伝えてあるので、細かいところはお二人様で。私はお茶を淹れてきます。」
神之さんはニッコリと微笑んで、そう言うと部屋から出ていった。
「え、あっちょ……」
俺が止める間もなく、彼は出ていってしまった。
「え、あのどうも。今回はよろしくおねがいします。」
俺は気まずくなって、社畜モードに入ってしまう。
「こちらこそ。神之さんにはお世話になっているので、継いでくれる方が居るというのはとても嬉しいです。」
雪さんは非常に優しい笑顔で言う。
神之さんって色んな人との繋がりがあるよな。
不動産屋さんのおじさんもそうだし、この雪さんもそう。
それだけの人が営んでいたお店を継ぐんだから、俺もしっかりしないとな。
「まだまだ初心者ですけど、頑張りたいと思ってます。」
俺は雪さんによろしくおねがいしますと頭を下げながらいう。
さっきから同じ事ばっかりと思うかもしれないけど、商談のときって結構こういうのが多い。
名刺の下げ合いとか、電話切るときの譲り合いとか。どうでもいいことのようで、そういうのが一番大事ったりもする。
「一緒に頑張りましょう。では、今回なんですけど……」
こうして、俺は雪さんと話を詰めていった。
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