第41話 値段交渉。すなわち騙しあい

俺はお兄さんに連れられて、店のガラス横の応接スペースに行く。


いや、あんまプランがあるわけでもないのに、ここに来ると嫌でも買わなきゃって気分になるから不思議だよな。


「本日はどのようなご要件で?」


「あぁ、車を買おうかなと。」


ニコニコと笑うお兄さんの質問に答える。


「なるほど! どのようなお車をお探しですか!?」


お兄さんは、手元に車の種類が書かれた紙を差し出して、尋ねる。


何もなしに〇〇が良いとか、△△の□□タイプでーとか言えないから、こういうの地味に助かる。


軽、バン、セダン、トラックにオープンカー。スポーツカーにキャンピングカーなど。


俺の知るような有名な車は、全部書かれていた。


「えっと、こういう商業車のライトバンが良いですね。」


紙のイラストを指しながら言う。


俺はスポーツカー的な見た目のオシャレさは求めてない。

田舎で住むことを考慮し、実用性を求めたらライトバンという結論に至った。


普通の四角いバンでも良いかと思うが、なんとなく見た目的にライトバンのが好きなのだ。


「なるほど! 確かにこの辺に住むとなると、こういうタイプがいいですもんね! では、メーカーとかのこだわりはございますか?」


「特には。日本車なら、どれでも。」


ト〇タとかニ〇サンとか、ス〇ルみたいなこだわりはないけど。

なんとなく、外国車はいやかな。


「なるほどですね。色とかはどうですか?」


「白黒とか、派手じゃないのなら特にないですね。」


さっきから、お兄さんの質問に『特にない』ばっかで答えていて、申し訳ない気がする。


でも仕方ない。マジでそんなこだわりがないんだもの。


「なーるほど! では、最後に、ご予算はおいくら位ありますかね!?」


キタァーーー!!


お兄さんは今までと同じニコニコ顔で尋ねるが、あっちは俺よりもプロだ。

ここがどれだけ大事か分かってるだろう。


――――予算はいくらか


その問の答えによって、この先のすべてが左右されると言っても過言ではない。


もしここで低めに言うと、安客として適当に扱われる。

でも逆に高すぎても、いいカモとして扱われる。


どうするか……。相場なんて知らねぇから、本当にご予算を言うか?

いや、それこそ負けではないか……。


俺は考えに考え抜いた末。


「40万」


かなり攻めた値を告げた。


40万。これじゃ流石に安すぎるか。

でも、噂で本当の予算の半額を言ったらいい的なのを聞いたことがある。


出せても80万あたりが限度だ。

だから、その半額の40万。


これでだめなら、考えるしかないが……。


俺はドキドキしながら顔を上げ、お兄さんの顔を見た。


「わぁかりました!! では、そちらで少し検索かけてみますね!」


お兄さんは、それまでと変わらぬ笑みでそう言って、手元のタブレットを操作し始めた。


…………あれ?


ケッこいつ40万かよ。貧乏野郎め。あぁやめたやめた。こんなん仕事になんねーよ。ただでさえノルマきついんだから、こんな安客すぐ帰らせよー。


的なことを思われて、それなりの対応をされるかと思ったけど、案外普通なのな。


これはあれか。俺が相場を知らないから、実はもっと低かった?

それとも、単にオレの心がひねくれ過ぎ?


………それはあるかもしれん。社会経験の九割がブラックブラックだったから。


うちはノルマ指定とかなかったけど、売上が低いと休み無しなんてのはザラにあったかんな。


最近は改善されてきたが、俺の入った頃はマジでやばかった。ブラックもブラック。漆黒過ぎてもはや見えないくらいにブラック。


残業多すぎ&休みなさすぎだったからな。


もちろん、残業代なんて出ないし、休みは書類上ではしっかり消化されている。

世の中不思議なこともあるもんだなー。


俺はなんか悲しくなりながら、お兄さんが出してくれたお茶を飲む。


うん、温かくておいしいや。

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