第64話 2日目と若者
「よぉし! 今日も頑張ろうっ!」
俺は頬を叩いてそう言うと、お店の前の看板を休みから営業中に変える。
開店初日の次の日でございます。
今日は昨日と違って神之さんはお隣にいらっしゃらない。
不安じゃないかと言えばとても不安だが、昨日を通してお客様の温かみとか世間の優しさを身にしみて感じたので、なんとか頑張れそうだ。
世間には納期と利益率しか気にしない、ツンドラ気候もびっくりな冷酷な大人たちばかりではないと知れたから。
「昨日の混みようが初日ブーストではないことを願いながら、さぁ朝から頑張りましょう!」
長々とした、他人に聞かれたらかなり恥ずかしいタイプの独り言をつぶやいて、俺はお店の中に戻った。
朝は忙しい。
起きて目も覚めぬうちに服を着てご飯食べて歯を磨いて、寝癖なんて直している暇もなく、出社。
そんな日々を昔の俺も皆様も送っていると思います。本当にお疲れさまです。
しかしながら、今の俺の朝はとてつもなく長い。
なぜなら、早く起きるし仕事に行くわけでもないし、急かされるものがそもそもないから。
ゆっくりと朝の用意をして、のんびりとお店を開けて、まったりお客さんを待つ。
来てくれれば嬉しいし、来なくてもゆったり待ってればいい。
なんて素晴らしき生活。まさに老後。理想の隠居生活。
そんなわけで、自分用にモーニングでも作りながら朝日を浴びてお客さんを待っていたら。
カランコロン
まだ聞き慣れない、扉の鈴の音がした。
「いらっしゃいませ」
俺はそう言いながら顔を上げて、入店してきたお客さんの顔を見て少し驚く。
「おはようございます」
昨日も朝に来てくれた、就活生であろうお兄さんが立っていたから。
君、今日も来てくれたのか……!
ただでさえ普通のお客さんでも嬉しいのに、そこにリピーターとなれば、飛び跳ねまくるくらいには嬉しい。
「モーニングセットに、ナポリタンで。」
席についたお兄さんはチラッとメニューを見てからすぐに、顔を上げて言う。
「かしこまりました。」
昨日と少し違ったご注文。
若いしモーニングだけじゃ物足りないんだろうな。
いいね、朝からナポリタンとか若いって感じ。
俺はそんなおっさん並みの感想を抱きながら、調理を始める。
モーニングは簡単に作れるけど、ナポリタンは少し難しい。
茹で具合に塩加減にケチャップ加減。
あの真っ赤な色を出しつつ、しょっぱくなりすぎないような調整がむずい。
「ほっと」
俺は軽い掛け声とともにパスタを湯切りする。
そしたらもう、あとはいい感じに味をつけるのみ。ここが一番難しいけど、一番楽しくもある。
「ほいっ」
俺は自分でも驚くくらいに絶妙な塩加減とケチャップ加減で味をつけ終えた。
味も進歩してるけど、見た目の進歩がすごい。
最初は見れる程度だったのが、今は美味そうと言わせられるくらいにはキレイな見た目になっている。
俺、才能あるかもしれん。
俺はご機嫌になりながら、モーニングとともにお兄さんの前へと運ぶ。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
運ばれてきた真っ赤なナポリタンと珈琲に目を輝かせるお兄さん。
しめしめ、胃袋を掴んでこれから毎日通わせてやろうか……グフフ
俺はどこぞの組織の悪い幹部のような声で心の中で笑いながら、カウンターに戻る。
ふふふ、俺は喫茶店のマスターだから。マスターしちゃってるからね。ただの
「うめぇ」
俺はナポリタンにがっつくお兄さんを見ながら、口角を上げて微笑んだ。
そんなふうに美味しそうに食べてもらえたら、おじちゃんもパスタもトマトもピーマンも嬉しいよ。
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