第9話 整える?
「ふー、落ち着くぅ」
なぜこうも立ってする便所ってのはあずましいんだろうか。
ちな、あずましいというのは北海道弁で落ち着くという意味だ。
北海道の人と商談するときに結構使えるネタだから、覚えておくように!
「おぉ、北原くん! 聞いてくれよ、私連絡先ゲットしたんだ!」
興奮気味に入ってきた部長が、俺の隣の立ち便器の前に立つ。
「すごいじゃないですか部長。そのままいけるといいですね。」
「あぁ、この年だから結婚を見据えないといけないのが辛いがね。ハハハ」
「そうですね。はは」
素直に祝福する。
部長、婚活婚活で疲れてたもんな。
だから、頭の毛も……って元からか。
「ふぅー、じゃあお先。」
ささっと便所をすませて、部長はスキップしながら出ていった。
楽しそうで何よりだ。
「俺も頑張るか。でもなぁー、整えろって言っても元がこれだかんな。どうにもならないかんな、橋本のカンナ。」
笑えない冗談を言いながら鏡を見る。
髭はちゃんと剃ってあるな。
顔は……ちょっとテカリ気味。洗うか。
大きめの洗面台を利用して、軽く水洗いし、使い捨ての紙で優しく拭く。
「後は………」
よれてるネクタイを直して、シャツの第一ボタンを留めて、ジャケットを整える。
「髪は、寝癖を直せばいいか。」
ぴょこんとはねている後ろ髪を水で押さえつける。
「表情はそうだな………よし。これでいこう。」
鏡の前でニコッと、営業社畜スマイルを放つ。
うん。いつみても胡散臭さと、いい人さのギリギリのラインだ。
「彼女ねぇ」
生まれてこの方、異性と付き合ったことないな。
高校生の頃バレンタインに呼び出されて、これは来たかとか思ったら、イケメンの友達くんに渡しといてってオチだったな。
ハハハ、今ではいい思い出だ。
てか、俺今から田舎でまったり喫茶店ライフを送るつもりなんだけど、彼女とかできて大丈夫なのかね?
…………そういうのは出来てから言えってな。
でも、俺は28歳。高校の時胸の大きさで熱い討論を交わしたアイツラから、結婚式の招待状が届く年齢だ。
恋愛をするにはどうしても、『結婚』の二文字がつきまとう。
「そーいや、親に顔だしてねぇーな。」
年賀状なら毎年出している。
俺の両親は、北の大地北海道で慎ましい生活を送っている。
昔から夫婦仲が良くて、毎日が楽しそうで何よりだ。
俺も北国育ちで北海道は好きだが、いかんせん寒いのが得意じゃないから、また住むかと言われたは微妙なところ。
やっぱ、四国がいいよ。
俺は頬をパンと叩き、便所を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます