第37話 待ち人は来るもんだ

運転免許証は取ったし、喫茶店も神之かみのさんからGOサインが出たし。

あとは、車買って設備整えて開店で、そのまま余生を謳歌するだけなのだが。


「早すぎたか……」


俺は今、伊予駅前でとある人間を待っていた。


「せんぱーい!!!」


少し待っていると、そんな掛け声が近づいてくる。


「おぉ関! 久しぶりだな。」


駆け寄ってきた俺の社畜時代の後輩。関に手を上げて声をかける。


数ヶ月あってないけど、こいつはあまり変わらずにいつもどおりの装いだ。

てか何でこいつスーツ着てんだ。お前も俺みたいに社畜してんのか。


「ホントですよ。先輩、何も言わずに退社するから。」


走ってきたのか、荒くなった呼吸を整えながら関がぼやく。


「お前とか部長には一応言ったじゃないか。」


「まあそうですけど。で、先輩。なんで、隠居したんです? 宝くじでも当たったんですか?」


関がいきなりニヤけ気味の下世な顔になって、俺にすり寄ってくる。

やめろキモイ。おじさんに男がすり寄る光景なんてダレ得だから。


「あぁ。夢の10億だ。」


俺は、関になら言ってもいいかとサムズアップとともに答えた。


「はははんなわけ……な…い………っ!!?」


冗談だと笑った関はそこまで言うと、


「せせせ先輩、マジっすか!!? まじで当たったんすか!? ドリームですか10億ですか!!?」


顔を真剣そのものなマジ顔にして、俺の肩に手をおいて揺さぶる。


やめろ、止めろ。

社畜(元)に、それはキツイ。肩が変に刺激されて肩こりマシマシになるから。麺カタめアブラ多めだから。


「大きい声で言うなよ。一応隠してるんだから。」


俺はヤツの肩を抱いて、人差し指で静かにしろとアピールする。


「す、すみません。で、でも、にわかには信じられなくて……。」


関は謝りながらも、本当にかと疑問顔だ。


「逆に、この俺が宝くじ当たった以外の理由で会社辞めるか? 自慢じゃないが社畜社畜しさには定評があるつもりだぞ。」


「なんですか社畜社畜しさって、肉肉しいとは違うんですよ。まあ、あのチキンでひよる先輩が辞めたってことは、そういうことなんでしょうね。」


自慢気に言い放った俺に、関は笑いながら答えて納得したように頷く。


「なぁ、お前普通に俺のことディスってるよな?」


俺は社畜だが、悪口には敏感な社畜だ。


課長のお小言も先方の自慢話も受け流せるが、自分と同等かもしくは下のやつからの悪口には、人一倍敏感。


…………なんかめっちゃ性格悪いじゃん、俺。


「まぁ。もう、先輩じゃないですし。」


関は口角を上げてドヤ顔気味に言う。


「……なら呼び方変えろよ。」


まあ確かにもう会社辞めたし、俺はある意味ニート。

それに比べ、ヤツは現役バリバリの社畜。サラリーマンとも言う。


だから、先輩後輩はここでは使えない。


「いや、それはそれこれはこれですから。」


なんか先輩先輩言われてると、会社思い出すから変えてほしかったんだが、ヤツには何かこだわりがあるようで変えてくれなかった。


「わぁーた。で、何すんだ?」


ま、そこまで気にしてるわけでもないので、その話題はおいておいて。

俺は田舎に来てもらったはいいものの、やることもないぞと尋ねる。


「とりま、先輩の家行きましょう。」


少し考えたあと、関は名案とばかりに笑って言う。


「了解」


東京にいた頃なら賃貸だったし壁薄かったし寝たいしで断ってたが、こっちなら持ち家で丈夫だし広いから、人をあげるなんて容易いもんだ。


俺は駅から家まで結構あるぞと言って歩き出した。


「てか、先輩なんでスーツ?」


歩いていたら、関にそう尋ねられたので、


「これしかないからな」


ドヤ顔で答えてやった。


「……あざす」


なんか、可哀想なものを見るような目で言われたんだけど……。

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