三章 社畜結婚する

第67話 波のお悩み〜四国支部?〜

「四国に新しく支部ができることになりました。」


彼が会社を辞めると言ってから数日が経ち、どこかモヤモヤとする日々を送っていたある日。


いつもどおりに惰性で終わるかと思われた朝会の最後に、専務がそんなことを言った。


四国……。


四国の香川には私の実家がある。

最近は帰れてないけど、またいつか帰ってうどんでも食べてゆっくりしたいな。


そう言えば、あの人も四国に行くと言ってたかも。


「従って、支部の統括をする四国支部長を募集します。支部長は、部長とほぼ同じ立場で、お給料もそれなりに出ます。ですが、四国支部はまだ計画段階なのではじめの何年かは少し、いやかなり……仕事が多いかもしれません。」


専務は誰かやってくれという、心の中身を隠そうとも隠せずに言う。


部長と同じ高待遇でしかも募集なんて、殺到するのではと思うかもしれないけど、これは罠だ。


新しく支部を作るのの作業量はハンパじゃない。それこそ、部長級の給与がもらえようと誰もやりたがらないほどに過酷。


しかも、それが最初の半年とかで終わるのではなく、はじめの3年5年。下手したらもっと、落ち着かないことが多い。


銀行業は対企業がかなり重要になってくるから、新天地の地盤が少ないうちは黒字を出すのが本当に大変なのだ。


もし大赤字にでもすれば、減給は逃れられないし、その責任は全てリーダーであった自分のものだ。


だから、新しい支部の支部長募集なんて、よほどやる気のある新入社員しかやりたがらない。


まあ、新入社員の場合は一ヶ月も経たずに辞めるまでがつきものだけど。


私も今まで数回あった募集は見向きもしないで、詳細すら聞かないでいた。


そして今回もそうする予定だった。


…………けど、四国かぁ……。


「誰かいないですかね?」


専務が泣きそうな顔で社員たちを見つめ、皆が全力で目をそらす。


普段部長になりたいと騒いでいる新人も、今回ばかりは知らぬ顔で、爪をいじったりなんかしている。


完全な誰か行けよ状態。

こういうのは出ていったら負けだ。


良心の呵責にかられて、道徳的だの集団だの自己犠牲だの和を以て貴しとなすだの。そんなことを思って、手を上げたら負けるのだ。


「あの……」


けど、私はまるで導かれるように手を上げていた。


別に支部長になりたいわけではない。忙しいのは嫌だし、今のお給料でもそこそこ満足してるから。


でも、気がつけば私は手を上げていた。


「おぉ!! 波くん!! やってくれるのかね!」


専務が一変、満面の笑顔をして言う。


周りからも、とうとうついにアイツやったなと、欲に釣られたのか良心が耐えきれなくなったのか。


どちらにせよ、もう顔を見ることはないといったような視線が飛んでくる。


「はい」


私は専務に返事をしながら考える。


あの人は、四国で元気だろうかと。

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