第32話 喫茶店に行ったよ
「ついたついた」
あちこちに泥がついたバンに乗せられたときはどうなることかと思った。
人気のない道を進んでるときなんて遺書を書いておけばよかったなんて思ってしまった。
けど、止まったのはごく普通の商店街の端のお店の前だ。
「ここは?」
俺は市街地から離れたからか、かなり田舎味がました風景を見渡しながら尋ねる。
「見たらわかるだろ?」
おじさんは自慢げな顔で、それを指してしゃくりあげた。
商店街にあるお店の構えとは一風変わった、木材を活かしたおしゃれな外観のこのお店は……。
「喫茶……店?」
喫茶店にしか見えなかった。
年季の入った木製の葉っぱ型看板には、『珈琲』とこれまたオシャレな字体で書かれているし。
なによりこの見た目は喫茶店そのものだ。
ただ、このお店は今はやってないみたいで、ガラス越しに見える中は椅子が上がっていて暗かった。
「そうそう。中も入れるよ。」
おじさんは笑いながら、お店の鍵を開けて扉を開く。
「いいんですか?」
俺はたしかに古いけどとても立派な外観に圧倒されて、そう尋ねてしまう。
こういうところが一般市民代表と言われる所以であり、10億円を手にしても小物感が抜けない理由なんだろうな。
「いいのいいの。で、どうよ? 古いけどなかなか小洒落てていい感じだろ。」
中に入って暗くてもなお伝わってくるお洒落さに俺が圧倒されていると、おじさんが電気をつけながら言った。
「は、はい。喫茶店って感じですごくおしゃれです……。」
そう、オシャレなのはお洒落なのだ。
本当に文句の付け所がないくらいにオシャレなのだ。
けど、ここまで洗練されていると、逆に自分がこの空間に不釣り合いな感じがしてくる。
「ここはな、俺の親戚がやってたんだ。でも年で腰いわしてから働けなくなって。そのまま放置されてて、このままだと捨てるしかなかったんだよ。」
なかなかつかない電気と格闘しながら、おじさんがつぶやく。
彼は懐かしむような誇らしいような表情をしていた。
「売ったりとかは?」
俺は愛されていたんだなと思いながら、尋ねる。
こんなに立派でお洒落なんだから、それこそ売ったらかなりお高いと思うんだけど。
「こんな田舎で喫茶店開こうなんて好きものそうそういねぇって。なら普通の家にするかと言われれば、そっちはそっちで余計に金がかかる。」
おじさんは手でお金のジェスチャーをしながら苦笑した。
「な、なるほどぉ……」
そうか。東京の感覚で話してたけど、こっちだとそもそもやる人がいないのか。
一極集中って言われてるのを東京にいたときは、いやまだ大丈夫だろと笑ってたけど、実際こういう風に問題になってるんだな。
俺の地元の奴らもみんな東京やら大阪やら大都市に就職して、そこでマンション買ってるもんな。
「どう?気に入った?」
おじさんは電気をつけるのを諦めたらしく、下ろされている椅子の一つに座りながら尋ねる。
「はい、とてもおしゃれでいい感じですね。」
俺は再度喫茶店全体を見渡して答えた。
外と同じで中も木のぬくもりを基調としたとても落ち着いた雰囲気。
椅子やテーブル。観葉植物などの小物一つ一つもセンスの良いものばかりで、このお店をやってた人の趣向が分かる。
本当に、こんなお店が近くにあれば通ってしまうだろうな。
「だろだろ。もしあんたが良ければ、本当に叩き値でここ売る……というか譲ってもいいさ。ついこないだまでやってたから、ガス電気類は通ってるから、いつからでも使えるしな。」
おじさんは、カウンターを哀愁の籠った瞳で見つめながら、しみじみとつぶやく。
俺は正直迷っていた。
こんなにオシャレで美しい建物が改造無しでそのまま。しかも安く手に入るなんてという思い。
それと、これを手にしたとしても果たして俺は活かしきれるのだろうかという思い。
その2つがほぼ同じくらいの面積を締めている。
「二階を見ても?」
結局その場で答えは出せなかった。
「あぁもちろん。上は店じゃなくて住まいだな。」
おじさんはゆっくり考えてくれといいながら、上へと続く階段へと歩き出した。
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