第101話 母は強し
「あなたも、いい人を見つけたわね」
トントントンと、包丁の小気味いい音を響かせながらお母さんがつぶやいた。
「あなた昔から男っ気なかったからずっと心配だったけど、蓋を開けてみればいきなり結婚相手を見つけてくるなんてね。」
お母さんは手元の包丁を見つめながら、楽しそうに話す。
「元々はもっとゆっくりとやっていくはずだったのに、お母様たちがお見合いとかさせるから。」
そう悪態をついて、私は渡された人参の皮を剥いた。
私が久しぶりに帰ったからか、お客さんが来ているからかわからないが、メニューはいつもよりも豪華に見えた。
「あなたこのままじゃ一生結婚しなさそうだったし。それに、あなたも彼も奥手そうだから今のままでも結婚まであと何年かかるか。だから、これくらいしてやらないと駄目なのよ。というか……」
お母さんはトンッと大根の頭を落としてこちらを向くと、
「最後にこれくらいは、させてちょうだいよ。」
いつものように、ずーっと昔から見てきた暖かく優しい微笑みを浮かべた。
「うん……ありがとう」
私はすこし恥ずかしくなって目をそらしながら、感謝の言葉を述べる。
お母さんには、いつになっても勝てないな。
「いいのよ。別に。親なんだから。あぁ、お礼をしたいのならば早く孫の顔を見せることね。」
お母さんは心底楽しそうに笑うと、ビシッと人差し指を立てて言う。
「ちょっ、孫って、それこそ気が早いよ……」
「あら、結婚してから早めじゃないと色々大変よ? 独りっ子じゃ可愛そうだし、二人……三人くらいは欲しいかしらね。」
慌てる私に、お母さんがうつむいて野菜を切りながら言った。
横から除いたお母さんの顔は、昔と変わらないお母さんの顔だった。
やっぱり、お母さんにはいつになっても勝てないや。
そして、これからも。勝てそうにないな。
私は心の底からそう思うのだった。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、実は私も婿養子なんだよ。結婚とかも全部妻の方からでね、尻に敷かれて頭が上がらいったらありゃしない。」
さくやさんとお義母様の作ったとても美味しい料理を食べた後。
二人が後片付けをするというので、手伝いましょうかというとお義母様に『いちばん大変な役目を任せたわ』と言われて、首を傾げながら部屋に戻ったのだが……。
「そ、そうなんですね。」
その言葉の意味が、よぉくわかった。
お義父様は酔うと……というか、コレが素なのかな?
どちらにせよ、とてもよく喋る方で先程からお義母様との馴れ初めや、さくやさんの子供の頃のお話をたくさん聞かされている。
話が退屈なわけではなく、取引先のおじさまのくだらないジョークの百倍は楽しいのだが……。
休みなくずっと続くと、これがかなり疲れるのだ。
「君も上に立てとは言わんが、睨まれて何もできないようになったいかんぞ。……ってまぁ、ウチの娘だから尻に敷かれるのは確定だけどな!!」
「あ、アハハハ」
いろいろなお話から伝わってくるのは、お義母様はやはりお強いということ。
なんでも、出会った当初はしおらしかったのに、付き合い始めてからはずーっと尻に敷かれてばかりらしい。
大変だよーと笑っているが、お義父様もまんざらではなさそうだ。
「いやね、結婚しちゃうのはやはり寂しいしムカつくけど。それでも、娘が大人になって、恋をして……そして幸せになるってのは嬉しいものだよ。」
「そう……ですよね。」
真面目なトーンで話すお義父様に、俺は深く頷く。
真剣な表情と、さくやさんを思ってか緩む口元に、なんとも言えないカッコよさを感じながら。
「ガハハ、うちの当主になるのならもっとどっしり構えねばならんぞ!! よく知らんが、昔から続く名家らしいし!! まぁ、私なんかが継げるぐらいだから昔も昔の話だけどな、ガハハハ」
…………お義父様が尻に敷かれる理由が、なんとなく分かった気がする。
「これでもね、私も頑張ってるんだよ尻に敷かれながら。……ありがとうね、色々と。泣かせたら……マジで殺すよ?」
お義父様は言い訳するようにつぶやいたあと、お酒をグイッと流し込むと。
昼間と同じような、鋭い視線でこちらを睨んだ。
「き、肝に銘じておきます……!」
俺はその視線にお義父様の本気を感じつつ、これから泣かせることがないように誓った。
……今まで泣かせてしまった分は、ノーカンということで。というか、あれは泣かせたに入るのだろうか?
ま、まぁ、マイナスの意味で泣かせてしまわないように善処しよう。
「ガハハ、私なんかは泣かされてばっかりだけどな!! 付き合い始めたあの頃も……」
深く頷いた俺の背中をバシバシと叩き始めたお義父様の横から、
「あ〜な〜た〜? 少しおいたが過ぎるんでなくて?」
まるですべてを見透かされているような、本能から凍らされるような声が響いた。
「え、あの、その、これは……あ、アハハハ」
微笑みを浮かべるお義母様を見て、お義父様の顔がみるみるうちに青くなっていく。
「ちょ〜っと、お話しましょうか〜」
微笑を絶やさずに、一見優しい声色で言われているのに。
何故だろうか、当事者じゃない俺の方まで冷や汗が止まらない。
「まさやさんは、ごゆっくりどうぞ〜」
「あ、ありがとうございます」
こちらを見てニコリと囁かれた言葉を聞いて、俺は一生この人には勝てないだろうなと、なにか予感のようなものを感じた。
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