第33話 アラタ、冒険者ギルドに行く

 アラタは結局、前回と同じ装備と道具を購入した。金銭的な問題もあるが、あれこれ迷うと時間がかかって仕方ない。


 アラタは、琴子とした会話を何度も思いめぐらせていた。

 俺が悪いのか? いや、でもあのときはあーするしかなかったし……。

 うんうんと唸るしかできない。

「はー……。琴子の視線。冷たかったな……」ため息しか出ない。

 人懐っこい性格で、よく笑う少女は、もういないのだ。

 そう思う一方で

(異世界での慣れない生活で、琴子にストレスがかかっていたのかもしれないな)

 などと、アラタは良いように考えてもいた。

 惚れた弱みでどうしても擁護ようごしてしまうのだ。

 琴子は帰りたいと言う。おそらく今回召喚された者は皆帰りたいのだろう。

 アラタは、今の所どちらの世界もり所が無かった。


 ◆◆◆


「アラタさん」


 冒険者ギルドの建物に入るとサラが小さく手を振って声をかけてきた。

 アラタはサラの窓口に行った。


「お身体の具合はいかがですか?」


「良くなった。心配かけたかな?」


「はい、すっごく心配しましたよ」


 そんなに話した事もないのだが、いい子だなとアラタは思った。

 コロコロと良く笑うサラに、アラタは好感を覚えた。

 冒険者ギルドの窓口はいくつかあるが、アラタはサラの受付を好んでいた。


「採取クエストを頼みたい」


 と言った。

 アラタは採取クエストと、ついでに襲ってくるモンスターを狩る事で、収益をあげようとしていた。意外に稼げるのだ。


「……あの、採取もよろしいのですが、町の方の依頼とかもありますよ」


 一度、ソロで充分な成果をあげているので、特に問題はない。それなのにサラは危険度の低い町の依頼を薦めてしまう。


「えっと、そちらの方でも、料金の良いものもあるんです」


「そうか。じゃあ、やってみようかな?」


 幾つか提示された内容は、危険度は低いが、重労働だ。

 下水道の清掃。煙突の清掃。引っ越しの手伝いなど。

 労働者の斡旋あっせんも扱っているようだ。


「どれも今一つじゃ……」


 アラタはやりたくなかった。


「そうですか。下水道の掃除なんかは、拾った物は本人の物になるんで、わりと人気なんですよ」


 ごく稀に、お金や宝石が落ちてる事もあるらしい。


「それ、ホントに冒険者に人気なのか?」


「いえ、ほとんどやってくれません……大体、一般の方々が小遣い稼ぎに来ます……」


「……」


 アラタはいぶかしげにサラを見た。


「はい、すみません。採取クエストですね」

 と言って採取クエストの依頼用紙を持ってきた。

 アラタは手続きを済ませると、ギルドを出ていった。


 ◆◆◆


「はぁー、何やってんだか」


 サラはカウンターのテーブルに突っ伏した。


「やけに時間かけてたわね」


 同僚の先輩であるイズミが声をかけてきた。

 本来なら、冒険者相手に丁寧に対応してる時間などないのだ。

 王都故に人口は多く、やってくる冒険者の数も相当である。

 ベルトコンベアー式に、次から次へと仕事を捌いていかないと、終わらない。


「だって、何か心配なんです」


「何? 気になるの? 今度、誘ってみたら?」


 男性の影のないサラなので、けしかけてみた。

「え? いや、そう言うのではなくて!」


 サラは焦った。


「一定水準を超える成果をあげたりして、何か冒険者として持ってるなぁとは思うんですが、かと思うと危険な目にあったり、心配な弟?みたいな感じです」


 サラは一所懸命に弁明する。


「……ふーん」


 とてもそんな風には見えなかった。

 異性として興味があって、危険な目に会って欲しくないといった感じだった。

 サラは考えてる事が顔に出やすいのだ。

 アラタと話してる時のサラの顔は笑顔が溢れていた。


「じゃあ今度、男達と食事会あるから来ない?」


「何で急に、そんな話なんです?」


「勇者の武内ツバサって奴に誘われたのよ。あっちの世界で、ごうこん?って言うんだけど。男女でご飯食べて、お話して恋愛のきっかけを作るんだって」


「いえ、私は遠慮します」


 サラは断った。


「さっきのアラタって子も呼んでもらおうよ。勇者なんでしょ?」


「アラタさん? 来ませんよ。あんな真面目そうな人が」


 サラはアラタを好青年と見ていた。


「サラ、あんた分かってないね。あーいうのが実は好き者なのよ。この前だって、あんたのお尻をもの欲しそうな顔して見てたよ」


 バレてるアラタだった。


「え!? そ、そんなわけないでしょ」


 思わずお尻を手で押さえた。


「いーや、あれはあんたのお尻に魅力を感じてたね。あんたが来るって聞いたら、来るかもよ」


「いい加減な事言わないで下さい!」


 サラは真っ赤になって否定した。


 ──あのう……──


 と遠慮がちに声をかけらる。

 見るとカウンターで待ってる男がいた。

 格好は冒険者ではない。どちらかと言うと粗末な服装で、手や顔には汚れがあって、黒ずみがあった。


「あ、はい」


「さっきチラッと聞いたんだけど、下水道の掃除の仕事があるって」


「ありますよ。受けますか?」


「ぜひ」


 すると、遠回しに見ていた仲間もカウンターに集まった。

 五人で行くと言う。

 ギルドカードを提示してもらい、サラは説明した。


「下水道の掃除は朝の十時から夕方の六時までです。十時に下水道出入り口に集合して下さい。担当の者が鍵を開けます。歩合制になっているので、配布されたゴミ袋の量で、支払いが決まります。夕方の六時までは、出入り口の鍵は閉められます。これは以前、不正があったからです。ゴミを他所から持ってきた人がいるからです。食事は支給されます。出入り口に入って奥に、休憩所があります。

 掃除するエリアに制限はありません。何か質問ありますか?」


「ゴミは砂とか石も入るのか?」


「それはダメです。袋は網目になっていて、それをすり抜ける物は基本的にダメです。木材はゴミになります」


 五人とも頷く。


「期間はどれくらいやりますか?」


「そうだな……二週間、お願いします」


「分かりました。では明日からお願いします」


 サラがサクッと手続きを済ますのを見て、同僚の先輩であるイズミは


(本人は気付いてないだろうけど、さっきのアラタって子とあからさまに扱いが違う)


 と思った。


 ◆◆◆


 アラタが町の出口の門に向かうと、スズがいた。


「どうしたんだ?こんな所で」


「別に……」


 スズはアラタが、冒険者ギルドに入るところを見ていた。


「そうか。じゃあ」


 と、アラタは門の外へ出ようとする。


「待って。私も行く」


「え?」


 アラタは驚いた。


「今は夕方だから、帰るのは朝方になるぞ。明日の訓練はどうするんだ?」


「何とかなる」


「ならないだろ?」


「それでも行く」


「……」


 アラタは黙ってしまった。

 スズの何がそうさせるのか皆目検討がつかなかった。


「それでも行く。連れていって」


 頑固なのか何なのか、アラタにぐいっと近寄って懇願こんがんした。

 色仕掛けではないが、スズのその強い瞳に抗えない。


「まぁ、いいけど……」


 あらがう術を知らないアラタだった。

 スズはアラタの瞳にとても傷付いた憂いのようなものを見てとった。

 一人にしておくのは危ない、とも思っていた。

 ギドの村の時のようにアラタを一人危険な目に合わせたくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る