第29話 アラタ、レベル2になる

「まず、自分の経験値をタップして──」


 ソフィア王女の息がアラタの耳にかかる。

 その通りにする。


「そして、レベルの横のバーをグィーってして下さいね」


 グィーってした。

 レベル1が、2に変わる。

 あれ?手が震える。

 更に上げようとした途端。

「ごふっ!」

 アラタの胸が羽上がる。


「きゃ!」


 その激しい勢いにソフィア王女が弾かれた。

 アラタの目がぐるっと回転して白目を剥く。

 急激に熱が上がって痙攣する。

 ソフィア王女は不味まずい!と思ってアラタの口に手を突っ込んだ。

 ひきつけをおこして舌を噛むと、窒息するからだ。

 ソフィア王女の手をアラタが噛んだ。

 血がにじむ。


「タマキ!」


 慌ててメイドのタマキを呼んだ。


「王女どうされましたか?!」


「アラタ様が大変な事になったわ!」


 アラタの下半身から汚物やその他もろもろがたれ流され、ソフィア王女が汚れた。


「タマキも【慈愛の治癒師】ありますわよね? 早く!」


 王族の女性が取得出来るスキルであるが、何代か前の王子がシロ家の女に手を出してはらませた。

 タマキは隔世遺伝的に、そのスキルを取得していた。


「いや、私は使った事が……」


 タマキは躊躇した。


「私一人では荷が重いわ。それにアラタ様に何かあってみなさいよ。クロエのお気に入りよ。どーなるか保証出来ませんわよ?」


 と脅してみせた。


「それはそうですね!」


 スパッとメイド服を脱ぎ捨てると、ベッドに入りアラタに肌を密着させた。

 次々にアラタの筋組織が、ブチブチと音を立てて千切れていくのを、治癒させる。

 内蔵や骨にもそのダメージは顕著に現れ、その度に二人は全力で治癒せねばならなかった。


 小一時間で、その現象は小康状態になった。

 二人ともヘトヘトで、アラタの上でぐったりしていた。


「アラタ様が、汚れてしまっているので、洗いましょう」


「はい、王女」


 とはいっても女性である。二人でアラタを担いで行く程の筋力はない。

 二人でそれぞれ右足と左足を持って引っ張った。

 ベッドからずり落ちて、アラタはゴンっ!と頭を打った。

 気を失っているので反応は、無かった。

 二人はそれを見て、顔を見合わせたがどうしようもない。


「だ、大丈夫でしょうか?」


「血は出てないわ」


 そのままズルズルと、浴室まで引きずった。


「アラタ様は私が洗っておきますから、タマキは汚れた部屋をお願いしますわ」


 とソフィア王女は言った。


「はい、王女」


 タマキは踵を返すと、部屋に戻った。


 タマキはアラタを引きずった後に付いた汚物を掃除し、ベッドのシーツを剥ぎ取りベッドを清掃して、部屋から出ていった。

 暫くして、真新しいシーツを持ってきてベッドメイキングをした。

 手際が素晴らしく良かった。

 最後にシュッと室内に香水を振り撒いた。


 ソフィア王女は、アラタに湯をかけ、柔らかいタオルで甲斐甲斐しく洗う。


 全てが、終わるとまた二人でアラタをベッドに運んだ。

 三人共に裸であるので、異様な光景であるが、ソフィア王女もタマキも感覚が麻痺していた。


 ◆◆◆


 しばらくくして、アラタは目を覚ました。

 鼻から液体が出ているので、鼻水かと思って拭ったら赤かった。


「鼻血……」


 今度は先程より身体が重たいので、自分の身体を見てみると、驚いた事にソフィア王女とタマキが一糸纏わぬ姿でアラタに密着していた。


 二人は眠っていた。


 本来のアラタなら二人の裸体を心行くまで観賞していたに違いない。

 だが、アラタは、自身に起こった説明の付かない状況に混乱していた。

 レベルを上げた途端に、六つの属性、地水火風光闇が、自身の身体を這いずり回った。

 それぞれが自分の体の中で争っているような、激しい衝撃を受けたのだ。


 目から涙が出ていると思い、拭うとそれも血であった。


 また、後頭部が痛いと思い触ってみると、コブが出来ていた。

 何処かで頭を打ったのだろうか?


 まるで、炎がパチパチとくすぶる炭のように体の中が、現在進行形でダメージを受け、それをソフィアとタマキが癒していた。


 小康状態であっても、そんな症状なので二人はアラタが完全に回復するまで治癒するつもりだった。

 だるい……でも二人とも柔らかくて、何だか心地良い……。

 アラタは再び目を閉じて眠った。


 ◆◆◆


 ──朝の宿舎。

 スズは食堂でアラタを待っていた。

 初めの頃は、偶然が重なっていただけであったが、今ではお互い時間を合わせて一緒に食事をしているんだと。いくら疎いスズでも分かっていた。

 それが今日は来ない。

 心当たりはあった。

 王女が昨日アラタを城に誘ったはずである。

 あれから帰って来てない可能性があった。

「ふむ……」

 少し考えて、スズは食堂を出た。

 カイルを探すと昨日メイドがアラタを訪ねた事を聞いた。

 またカイルにアラタの部屋の様子を見てきて欲しいと頼んだ所、アラタは不在であった。


 まだ、王女を信用しきれていないスズはクロエの家の戸を叩いた。


「アラタが城から帰って来てない。何か知らない?」


 セクシーなネグリジェを着ていた寝ぼけ眼のクロエに目のやり場に困りつつスズは尋ねた。


「まだ、帰って来てないの?」


 クロエは眠気が覚めた。

 だが、今は早朝である。

 王女に謁見する時間ではない。


「スズ、王女の謁見は昼からしか出来ないわ」


 結局、待つしかないのだ。


「分かった」


 スズも諦めて宿舎へ戻ろうとした。


「アラタが帰ってない事、よく分かったわね」


 スズは足を止め、振り向き


「なんとなく……」


「そう……」


 スズはアラタと朝食を共にしているのを話さなかった。

 クロエは、スズの返事に違和感を感じつつもそれ以上追求することはなかった。


 ◆◆◆


 昼近くになり三人は目を覚ました。

 アラタは「おはよう」と言った。


「「おはようございます」」


 殆ど、王女とタマキと交流がないのに何故こんな状態なのか。

 アラタは理解に苦しんだが、特に答えを求めようとは思わなかった。

 それよりも聞きたい事があったからだ。


「王女、俺はレベルを上げた後どうなったんだ?」


「アラタ様は死にかけました。恩を売る訳ではありませんが、私達がいなければ死んでいたでしょう」


「そうか。ありがとう」


 前後の記憶が曖昧で、何故自分がレベルを上げたのか分からなかったアラタだ。

 夢にも色仕掛けに引っ掛かったとは思っていなかった。


 王族のそれも女系に何故こんな密着型のスキルが発生するのか。

 これは、どうやら王となる男の健康管理をする為らしい。

 しかもスキル【鑑定】はお互い結ばれると全ての能力や、気になる女性までバレてしまうという。

 亡くなった女王は嫉妬深く、そのため王の気になる周囲の女性を徹底的に排除したという。

 素朴な疑問を持つアラタは聞いてみた。


「王様はこの国にいるのか?」


「はい。女王である母は亡くなりました。その為国王の父は病に伏せっております」


 この国は暗雲立ち込める状態なんだと、知ったアラタだ。


 女王になる資格は、スキルである。

【慈愛の治癒師】【鑑定】【予知】この三つのスキルを全て持って始めて女王と認められる。

 全ては夫となる王を支えるためである。

 ソフィア王女は三姉妹の末っ子であったが、その中で全てのスキルを取得出来たのは、彼女だけであった。

 姉二人は、それぞれ公爵の妻となった。


「ソフィア王女はいつ結婚するんだ?」


「今はまだ候補が決まっていないのです」


 剣聖が、王女との結婚を狙っていたが、王女は断った。

 剣聖はおじさんである。

 嫌に決まっていた。


「アラタ様なら候補になっていただいても……」


「はは……俺はそんな器じゃないよ。頭も悪いから、政治なんてできないし」


 アラタは冗談だと思った。


「アラタ様。何ならシロ家に婿養子に入って頂いてもかまいません」


 タマキが身を乗り出してきた。


「あなた、何言ってるの?」


 ソフィア王女がタマキの肩をつかむ。


「国王なんて、しがらみがあって窮屈なだけですよ。その点シロ家に来てくれるなら、私が、一生面倒見させて頂きます」


 タマキがアラタにグイグイ来た。


「フザケないで」


 ソフィア王女とタマキが、アラタの上で口論する。

 他に聞きたい事とかあるのだが。

 そうして無駄に時間が過ぎていった。

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