第28話 アラタ、城へ行く

 夕方になり、部屋をノックするカイルにアラタは呼び出された。


「アラタ君、キミに用があるって」


 本館に向かうと、一昨日クロエの家に来たメイドだった。


「お迎えに上がりました。王女がお待ちです」


 そのメイド、タマキ・シロは丁寧にお辞儀をしてアラタにそう言った。


 シロ家は代々王家に仕える由緒正しい家柄である。

 使用人は数いれど、誰かしらの息がかかった者ばかりなので信用出来ない。

 魑魅魍魎うずまく王政の中にあって、ソフィア王女が信頼をおいている者はそう多くない。

 シロ家はその少ない一つである。

 シロ家の者であるから重要な案件を、ソフィア王女は頼んだ。


 ──城の中を歩く。

 と、メイドのタマキは、通路脇の壁に手をやる。

 そこは隠し扉になっていた。


「どうぞこちらへ」


 王族専用通路だという。

 これで、王女の待つ部屋までショートカット出来るのだ。

 行く道すがらアラタは


「タマキさんって彼氏とかいるの?」


 と、聞いてみた。

 ピタッと足を止め


「何故です?」


 後ろを歩くアラタの方にぐるりと振り向いた。

 アラタは威圧的な何かを感じた。


「メイドさんの恋愛事情ってどうかな? って思って。変な下心とかじゃなくて、純粋な疑問なんだけど、聞いたら不味かった?」


「いえ」


 息を吐くタマキ。


「彼氏はいません……が! 許嫁はいます」


 と言い放った。

 由緒正しい家柄だというのだから、そう言う物なんだろう。

 家の為に結婚相手が決まるのだ。


「そうか。タマキさんの様な美人をめとる位だから立派な人なんだろうな」


 少し残念に思うのは男のさがか。


「えぇ、家柄は立派ですよ。ただ四十三歳ですが」


 おっさんやん!


「えぇ、おっさんです」


 顔に出てしまった。


「何で私のようなうら若い乙女が、何をとち狂ったらそんな、おっさんの嫁にならにゃあならんのか」


 言葉使いがおかしくなってきたタマキだ。


「わしゃホンマは年齢としの近い男と付き合ってパフェとかあーんってやりたいんじゃあ!」


 タマキは、叫んでいた。

『じゃあじゃあじゃあ……』と、タマキの声が隠し通路の向こう側まで響いていた。

 どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。

 人には色々あるんだと思ったアラタだ。


 扉を抜けると、大きな垂れ幕が掛かっていた。

 扉を隠しているようだ。

 それをくぐると、広間に出た。


「こちらへ」


 タマキは、通路へ案内し、右に行ったり、階段を昇ったり降りたり。

 更に隠し通路に入ったり。

 王族の部屋に簡単にたどり着かない様にセキュリティがなされているのだろう。


 そこは小さな普通の扉だ。

 開けると中でソフィア王女がクッキーを摘まんでいた。


「あら、いらっしゃい」


 パリッとクッキーを噛む。

 タマキも美人だが、ソフィア王女は群を抜いて美人だ。

 ソフィア王女は手招きする。

 タマキを見やると、どうぞと言われた。

 アラタは、ソフィア王女の元へ行った。

 王女が座るテーブルセットの前は、大きな窓。

 その先はテラスになっており、花が豪勢に咲いていた。


「すごいな」


 そんな感想しか出ない。


「ここは私のお気に入りの場所ですの」


 アラタは、席につかされた。

 タマキが、台車にティーセットを乗せて持って来た。


「お茶をどうぞ」


 と言って出されたハーブティーを飲む。

 あまり慣れていないアラタだ。


「ケーキもどうぞ」


 異世界に来てから久しく口にしていない。

 スキル【料理】を試していたので、自炊が多かったからだ。

 口に広がる甘味で、幸福感に包まれた。


 今日は人払いをしており、三人の他は誰もいないという事だった。


「お体の具合はいかがですか?」


 ソフィア王女がティーカップをソーサに置いて訪ねた。


「まだ、完全復帰とまではいかないかな」


 アラタはソフィアの顔に見とれていた。


「そうですか。でも大丈夫です。アラタ様」


 ソフィア王女がニコッと微笑む。


「後で完璧に治して差し上げます」


「……そうか……それはありがたい……」


 アラタはソフィア王女の色香に当てられたのか、ボーッとしていた。


「ところで、アラタ様は私に聞きたい事がありましたね」


「……そうだったな。今後俺がどうすればいいのか……王女の意見を聞きたかったんだ……」


 アラタの瞼が重くなる。


「そうですね」


 ソフィア王女がアラタを見る。

 と、おもむろにティーカップを持ち、


「でもその前に──」


 アラタがガクっと首を落とした。


「アラタ様の事を良く知ってから……ですわ」


 ソフィア王女の紅を引いた唇に、ティーカップが付いた。

 優雅に紅茶をたしなむソフィア王女だ。

 アラタは睡眠草の入ったハーブティーを飲んだ。

 身体に異常があったり疲れている者ほど睡眠が、誘発されやすいのだ。

 あっという間に眠ってしまったアラタの体調は良いとは言えなかった。


 ◆◆◆


 アラタが目覚めた時、そこは天蓋の付いた大きなベッドの上だった。

 身体が重たい気がしたのだが、目線を下げるとその原因が分かった。

 ソフィア王女がアラタの上で、うたた寝していたのだ。

 アラタもソフィア王女も一糸纏わぬ姿であった。


「え?!」


 動揺するアラタだ。


「うーん……」


 と、瞼を擦るソフィア王女。

 アラタの顔を見ると、


「お目覚めになられました?」


 顔が近い。


「我が王族に伝わる治癒スキルを使わせてもらいました」


 普段、ソフィア王女が使っているのは、治癒魔法である。

 これは魔力を注いで人の治癒力を活性化させる。

 今しがたソフィア王女がアラタに施したのは、特殊なスキル【慈愛の治癒師】である。

 お互いの素肌を密着させる事で、治癒力を促進させる。

 異性でなければ使えないが、その治癒力は治癒魔法の比ではない。


 アラタのギプスが外されていた。

 痛みもない。


「あれ? もしかして俺の身体、治ってる?」


「全回復とはいきませんが、日常生活に支障はありませんわ」


 ソフィア王女が微笑む。

 自分の胸の上にソフィア王女の大きな胸がつぶれていた。

 体力が回復したせか、アラタの欲望がムクムクと起き上がってきた。


「あら?」


 ソフィア王女が目線を下げる。


「私と、何かいたしたい事がおありかしら?」


 ソフィア王女が妖艶に微笑む。

 その女の色香にやられてるアラタだ。


「ある……けど……」


 どうにか声を絞り出す。


「私のお願いを聞いてくれたら……いいですわ」


 アラタの胸にソフィア王女はのの字を書く。

 アラタの目が見開かれる。


「本当か?」


「はい」


 赤らむソフィア王女。


「何をすればいいんだ?」


「そうですね。でもその前に──」


 ソフィア王女の瞳が異質な輝きを放つ。


「アラタ様は嘘を付いておられるようで」


「嘘?」


 アラタはゴクリと唾を飲んだ。


「クロエの報告では、アラタ様は経験値が、足りないからレベルアップ出来ない、とありました。ですが、アルフスナーダの王女が代々所持している特殊スキル【鑑定】によりますと、経験値は充分おありのようですわね」


 バレてしまった。


 ソフィア王女のスキル【鑑定】は、【慈愛の治癒師】と同じく肌の密着で、発動すると言う。

 レベルと経験値。あと、現在所持しているスキルがソフィア王女にバレていた。


「ソフィアのお願い聞いてくれますぅ?」


 アラタの上でクネクネと揺れる。


「……何だ?」


 ソフィア王女の色香にクラクラしていた。


「レベルを上げて下さいませ」


 感情的には上げたくなかった。

 上げたら負け。のような理屈では説明出来ない意地みたいな物があった。

 だが、


「分かった」


 色仕掛けには、全く太刀打ち出来ないアラタであった。

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