第30話 アラタ、知らぬ所で出世する

 昼を過ぎて、ほとんど回復したアラタだ。

 本来はあり得ない回復スピードである。

 レアなスキル【慈愛の治癒師】を持つ二人が、一人を治すという特異な状況がそのような結果を招いたのだろう。

 アラタは下着を身につけ、自分の身体を確認すると体つきが変わっているのが分かった。

 やせた身体に筋肉が乗っていたのだ。

 スリムではあったが、筋肉質に変わっていた。

 肉体の破壊と治癒を繰り返した結果、身体が変化したのだろう。


 ソフィアとタマキが、まじまじと見つめ何故か生唾を飲み込んでいた。

 二人ともすでに、王女とメイドの正装に着替えていた。

 思った以上に時間が過ぎてしまい、二人とも仕事が積んでいた。


 アラタはタマキが持ってきた服を着させられた。

 白を主体とした服装だ。

 燃えにくい素材の服だという。

 鎧も付けてもらった。

 白銀のプレートメイルだ。


「アラタ様にお願いがあります」


 ソフィア王女が着替えたアラタに言った。


「何だ?」


「今お召しになってる装備はここぞという時以外はお使いにならないで下さい」


「分かった」


 特に疑問を持たなかった。

 見た感じ高級な服装なので、冒険者としては目立ちすぎるのだろう。


「これから、ちょっと……加護の魔法をかけようと思います、ので、よろしいですか?」


 アラタを上目遣いで見てくるソフィア王女だ。

 違和感を感じたが、了承した。

 ぱぁっと、笑顔になったソフィア王女は、


「では、すぐしましょう。さっさとしましょう」


 と、責っ付いた。


 ◆◆◆


「では、アラタ様。私の呪文の後に、誓いますと言って、また呪文を唱えたら、神に感謝と言って下さい」


「あぁ」


 コホンと軽く咳をしたソフィア王女は


「では、汝、西山アラタは、ソフィア・メリル・アルフスナーダを、ふふーんふふとしーで、ゴニョゴニョとするのぉを誓いますか?」


 良く聞こえなかったアラタだが、呪文とはそう言う物なんだろう。


「誓います」


 と答えた。


「では、汝はふふぃんふゴニョゴニョとなりここに王女と神の契約をなす」


「神に感謝」


 ソフィアは自分の指に針を刺し血を出す。

 アラタの額に横一文字に自分の血を引き、額にキスをした。

 血の跡が光り、スッと消えた。


「これで、完了です」


「どんな加護なんだ?」


「…まぁ、色々ですわ」


「そうか」


 タマキに今着ている装備をしまうケースを手渡された。

 昨日着てきた服はこの中だと言う。


「アラタ様、今後の事ですが、レベルアップは命取りです。安全に上がる方法が見つかるまではしないで下さい」


「分かった」


 一つレベルを上げるだけで死にかけた。

 アラタは、自分が他の勇者と同じではない事を実感した。


「王女、こんな機会がないのでお願いがあるのだが」


「何でしょうか?」


「魔術師学園の図書館を使いたいのだが、何とかならないか?学園長のゲイリーに断られた」


 王女とはいえ何でも可能ではない。

 王女は王の娘であり、王様ではない。

 いわゆるお姫様だ。

 王女の命を聞くものと、聞かない者がいる。

 ゲイリー・オズワルドは後者の者だ。

 だが、ソフィアはアラタのために何とかしたいと思っていた。


「分かりましたわ。私に任せて下さいませ」


「帰りは他の者に任せております」


 と言ってタマキは別のメイドを迎えに寄越した。


「アラタ様」


 王女が呼び止めた。


「何だ?」


「レベルアップしていただいたので……約束のあれは……こ、今度で……」


 ソフィア王女が頬を赤らめて言った。


「?分かった……」


 レベルアップ時の前後の記憶を失っていたので、まさか王女を好きなように出来るなどとは思わないアラタは、適当に返事した。

 アラタが部屋から出ていった。


 ◆◆◆


「王女良かったのですか?」


「騙すような事をしたけど、ゆっくり説明している時間はありませんでしたわ。あの装備が何なのか分かる者も今となってはごく僅か」


 ソフィア王女はアラタと契約した。

 装備は過去の遺物である。

 王女直属騎士プリンセスオーダーの装備だ。

 現在の騎士団は、剣聖アイザック・グローリアが私物化していた。

 勇者は魔王討伐のために召喚された人材であるため、王女直属騎士プリンセスオーダーにする訳にはいかないのだが、ソフィアは王族の持つ直感に従った。

 彼を手に入れろと囁くのだ。

 王女は初めて自分の騎士を持った。


 クロエには悪いと思いつつ、ソフィア王女はアラタが寝ている間にキスをした。

 スキル【鑑定】は相手との接触が濃厚になるほど、その力を発揮する。

 その為の処置である。


「本来の勇者であれば、それぞれの属性の色を感じるはずですが、アラタ様にはそれがありませんでした。しいて言うなら全てが渾然一体となった、どどめ色でした」


「どどめ色?」


 タマキは聞いたことのないような属性の色に眉をひそめた。


「勇者は、召喚される際にそれぞれの性格に合った属性が付与されるのですが、アラタ様にはそれが感じられませんでしたわ。召喚される際に何かあったと思われます。あらゆる危機的状況に自ら首を突っ込んで、身の丈に合わない力に振り回されて、いずれ……命を落としてしまうやもしれません」


 それは奇しくも、アラタがスラムの路地で会った占い師の予言と同じ結果であった。

 ソフィア王女の持つスキル【予知】が、そのように予言するのだ。


 ◆◆◆


 アラタは、城内をメイドの案内がてら通常の出口へのルートで歩いていた。

 これは、今案内しているメイドが、シロ家の者ではないからだ。

 王族専用通路の存在を知っているのはごく僅かである。


「やや!? 君は確か……勇者か?」


 その声は向こうからアラタの方へ走ってくる女性の者だ。

 眼鏡をかけていて、滅多にお目にかけないような爆乳が、走る彼女に合わせて上下左右に、揺れまくっていた。

 彼女はアラタの前で急ブレーキをかけるように止まるとこう言った。


「やぁ、僕はカナリン・シュリンプス。騎士団の副団長ですぅ」


「俺は西山アラタ。勇者だ」


「ほうほう。アラタ君ね。君、珍しい格好をしてるねぇ」


 ためつすがめつアラタを観察する。


「王女が、何かコソコソしてるなぁとは、思っていたんだけど、成る程ねぇ。ふんふん……へぇー」


 アラタの周りをぐるぐる周り歩いて観察する。

 アラタは好きなようにさせていた。


「おっと、こうしちゃいられない」


 と、カナリンは自身のマントを外し、アラタに着せた。

 首から下がマントでスッポリと隠された。


 すると、向こうから一人の男が歩いてきた。

 ガタイのいい壮年の男で、その眼光は鋭かった。


「どけ」


 と、威圧的な態度でアラタとカナリンに言い放つ。

 二人は道を譲った。


「ふん」


 ギロリと男に睨まれた。去っていく男を指して「あの男は剣聖アイザック・グローリア。知ってた?」と説明してもらった。

「いや、知らない……」

「ふーん、召喚されたとき、大聖堂にいたよ」

 彼はアラタの顔を知らなかった。

 召喚された時、大聖堂にはいたが、お互い顔などいちいち覚えてなどいない。


 横柄な態度で遠ざかる剣聖を見てカナリンは、


「はー、良かったよ。その格好を彼に見られなくて。案外、剣聖はちっぽけな男なのさ。嫉妬深くて、自己顕示欲が強くてねぇ。そのマントあげるよ。宿舎に戻ったら普段着に着替える事をお薦めするよ」


「ありがとう」


 見られたら、良からぬ事でも起きるのだろうか。

 アラタは王女にも注意されてる事もあって、宿舎に戻ったら早速着替える事にした。


「ところで、クロエ騎士団長はどぉです?」


 カナリンの眼鏡が光った。


「十二分に働いてるよ。大したものだ」


「そぉ言う事ではありませんよぉ?」


 カナリンは、はーやれやれと言ったポーズを取る。


「美女で、剣も強い。スタイルも抜群。引き締まったお尻なんか最高でしょお?おまけに働き者で、性格も超ぉーー優しい。あんな物件そぉそぉ転がってるものじゃあございませんよぉ?」


 言わんとしてる事は分からないでもなかった。


「それに、一ヶ月の勇者の訓練期間が終わったら、彼女は騎士団長に戻りますよぉ?僕としては有難いです。仕事が山積みで、毎日徹夜ですぅ…」


 カナリンはしょぼんとした。


「でもでもでもぉ、あなたがもし彼女に何か想いがありましたらですねぇ、ぶつけてみるのも良いと思いますぅ」


「何でそんな話を?」


 アラタは皆目検討が付かなかった。


「案外、ありそうで無いのが時間というものですぅ。クロエ団長は、言うなれば勇者を訓練するチュートリアルの教官ですよぉ? そんな存在は冒険がいざ始まったら二度と会う事はありませんよぉ?」


 何だこの女?


「勇者のあなたが、美しい教官と恋仲になる旅に出るまでの一時ひととき。観察しがいがあるというものですぅ」


 彼女の趣味は観察。人間ウォッチである。

 人の反応を見て喜ぶタイプの女だ。

 アラタはカナリンが苦手になった。

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