第31話 アラタ、イザベラに訓練を受ける

 王女直属騎士プリンセスオーダーの契約には、王女の騎士なのだから、王女の命令をきかなくてはならない、といった様な強制力、拘束力はない。

 ただ加護の付与が付くだけだ。

 つまり、王女が騎士に労う、『皆さんの無事を祈ってます』のような言葉は伊達ではなく、実際に効力が出るのである。

 僅かばかりの上昇値であるが、状態異常、幸運、士気など、効果は様々だ。

 さらにお互いを思う気持ちが強くなると、その効果も強くなるので、アラタにとって損な事は何もない。

 ただ、アラタが姫を思う気持ちがあるか?というとこれは別の話になってしまうのだが。


 ◆◆◆


 アラタは宿舎に戻った。

 既に昼を過ぎていたので、勇者の訓練は始まっていた。

 今日はもうサボってしまおうというアラタだ。

 アラタは王女から貰った装備を脱いで、自分の服に着替えた。


 お腹が空いたので使用人の宿舎に行くとイザベラとルチアがいた。


「腕はどうした? 治ったのか?」


 イザベラは目を丸くした。


「はい。腕の良い治癒師に治して貰いました」


 ルチアがアラタの裾を掴んで見上げてくる。

 アラタはルチアの頭に手を置いて、


「約束通り、ホットケーキ作るよ」


 と言うとルチアは、満面の笑みで「わーい、やったー」と喜んだ。


 食後、のんびりとコーヒーを飲んでいたアラタにイザベラが、


「アラタ、裏庭に行かないか?」


 と誘った。


「あ、はい。良いですけど」


 イザベラか立ち上がった。

 そこで、アラタは初めて知ったのだ。

 イザベラさん、デカいな!

 老婆のようにいつも座っていたので、何とも思っていなかったのだが、アラタの頭ひとつ分飛び抜けていた。

 しかも背筋は伸びてしっかりした足取りだ。

 分厚いガウンを身に付けていたので分からなかったが、かなりの筋肉質だ。


 裏庭に出ると、イザベラは壁に立て掛けてある木製の剣をアラタに投げてよこした。


「構えな」


 そして、自身も剣を構える。

 アラタは突然どうしたのかと思ったが、構えた。


「形にはなってるね」


 そう言ってポンッと地を蹴って、アラタに一閃を見舞う。

 スキル【剣士】がMaxのアラタだ。

 難なくかわす。

 いくつもの斬撃を打ち付けるイザベラ。

 一瞬の隙をつき、アラタも一閃を見舞う。

 行ける!と思ったが、もう一歩踏み込むイザベラにかわされる。

 お互い近すぎて剣が使えない状態で、イザベラは、アラタにボディーブローを見舞う。

 あまりの威力に膝を付き、先程の食事を全てぶちまけた。

 ポンッと頭に木刀が当てられた。


「筋は悪くないね。大方、勇者として召喚されたお前さんは優遇されて、スキル【剣士】をカンストさせてるんだろ?」


 下からイザベラを見上げて、アラタは


「……イザベラさんもですか?」


「まさか!」


 イザベラはアラタから離れて、タオルを取って投げてよこした。

 アラタは汚れた口を拭いた。


「儂は【剣士】レベルは6じゃ」


 アラタより弱かった。


「この世界の人間はスキルレベルをカンストさせるなんて少数しかおらん。儂は剣士としては凡才じゃ」


 ではなぜ?俺はこうもアッサリやられるのか。


「混乱してるねぇ……なぜ自分が手玉に取られるのか。そんなはずは、こんなはずじゃないってか」


 イザベラの目が細められる。


「儂は冒険者だよ。元だがな」


 孫と一緒にいる時の優しいお婆ちゃんはなりを潜め、冒険者としての凄みが垣間見えた。


「冒険者ってのは、何も剣士の専門家になる必要はないのさ。色んなスキルをかいつまんで、生き残る確率を上げていくのさ。【危機察知】や【体術】【罠感知】使えそうなスキルが、冒険をしていく内に増えていく。それら全てが組み合わさって、強くなっていく……」


 アラタはイザベラが、自分に何かを伝えようとしているのを感じた。

 だから真剣に聞いた。

 年寄りは、話好きなんで、そこから30分以上しゃべり続けるのだが。


 ◆◆◆


 闘技場で行ういつもの勇者の訓練が終わるとクロエは大聖堂に向かった。

 王女がいるからだ。

 大聖堂に着くと、メイドのタマキ・シロがクロエに声をかけた。


「来られると思ってました。王女が個室にてお待ちです」


 どうぞこちらへ。といってタマキはクロエを招く。

 クロエは無言で付いて行った。


 ◆◆◆


 安藤琴子は恋人である田中アツシと、喧嘩した。

 異世界に転移してからと言うものアツシの夜の誘いを琴子が断っていたからだ。

 二人とも避妊具を持っていなかった。

 琴子は二十歳の大学生でまだ若い。だから子供は、今のところ欲しくなかった。

 やりたい盛りのアツシは、出来ないようにするから大丈夫という。

「出来たら出来たで良くねー?」


「異世界に来て、子育てなんかできるわけないでしょ? それにやりたい事いろいろあるし、そんな事で拘束されたくない」


「ほら、俺たち愛し合ってるわけじやん?」


 ヘラヘラとしてアツシは琴子の肩を抱いた。


「アツシが産むわけじゃないでしょ? 絶対できたくないし!」


 琴子はその手を退けた。その事があって、二人はギクシャクとしていた。

 アツシは、ツバサとタカヒトに、ゴムを持ってないか聞いたが、二人とも持っていないと言う。

 ツバサは持っていたが、自分が使うのであげたくなかったので、持ってないとウソをついたのだ。

 いつ元の世界に戻れるか分からないのだ。

 あげるわけにはいかなかった。

 避妊用の薬が流通しているとツバサが教えると、アツシはその事を琴子に伝えた。

 琴子は副作用とか色々説明を受けないと使う気にならなかった。

 だが、アツシとこのままギクシャクした関係を続けるのも嫌なので、クロエに聞く事にした。

 クロエが大聖堂に行ったと聞いて、琴子は向かった。


 ◆◆◆


「アラタはどこ?」


 クロエはソフィア王女に開口一番そう問いただした。


「昼過ぎに帰ったはずよ」


「そう……遅すぎない?」


「ふふっ、まぁ、色々あったから」


 クロエは静かな目線をソフィア王女に向ける。

 その眼光は冷たい光を放っていた。

 ソフィア王女は、そんなクロエの眼光などものともしない。

 王族として幾度もの修羅場を潜っている。

 やわな女ではない。


「単刀直入に言いますわ。アラタ様を私に頂けないかしら」

「アラタは誰のものでもないわ」

「軽率な男ですわよ。簡単に色仕掛けに引っ掛かったわ」


「そう…」


 おおよそ騎士が王女に向けるような目をしていないクロエ。


「冗談ですわ、冗談」


 ソフィア王女が手をヒラヒラと振った。


「冗談には聞こえなかったわ」


「……降参よ。あなた自分じゃ気付いてないかもしれないけど、彼にかなり執着してるわ」


「そ、そんな事ないわよ! 私は勇者の教育係として責任があると言ってるのよ」


 ほんのり赤くなるクロエ。

 緊迫した空気が少し緩和した。

「昨日アラタ様に、城に来ていただいたのはほかでもないの」とソフィア王女はそう前置きをして、

「結論から言うと、このままでは彼は勇者の称号は剥奪されるわ」


 ソフィア王女は要点を最初に切り出した。


「どういう事?」


「アラタ様はレベルが足りないわ。せめてレベル10にはなっていただかないと」


 アルフスナーダ国の勇者認定基準があり、アラタは現在それを満たしていない。


「一応、現在は訓練期間だから、多目に見てるけど……、難しいでしょうね」


「どういう事? レベルアップなら十分間に合うわ」


 異世界から召喚された者はレベルが上がりやすい。

 過去の事例から言ってもレベル10まではかなりのスピードで上がる。


 ◆◆◆


 ソフィア王女とクロエが話してる部屋のドアの外に琴子はいた。


(アラタがレベルが足りない?)


 大聖堂でクロエを探していた琴子が、部屋に入っていく彼女を発見して追った。

 何かミーティングをしていると思い、ドアの外で少し待っていようと思った所、その会話が漏れ聞こえてきたのだ。


「何かご用ですか?」


 タマキが、話を立ち聞きしている琴子に声をかけた。



「あ!はい。クロエに聞きたい事があって」


「そうですか。お茶でもいかがですか? 只今、込み入った話をしていますので、別室でお待ちいただければ」


 タマキが丁寧に対処した。


「あ、いえ大丈夫です。今度で」


 と言って、琴子はその場をそそくさと去ってしまった。

 結果的に盗み聞きしてしまいバツが悪かったのだ。

 避妊用の薬の事は聞けずじまいであった。


 結局、アツシはもうしばらくお預けとなった。

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