第32話 アラタ、琴子と話す

「アラタは、これ以上レベルが上げれないっていうの?」


 クロエはソフィア王女からある程度のいきさつを聞いて驚いた。


「今までの勇者には、こんなこと無かったはずよ。でも実際起こったのよ。アラタ様は死にかけたわ」


 ソフィア王女も魔王討伐における勇者の資料に目を通している。

 過去に召喚された勇者のデータでは、魔王討伐の旅に出る訓練期間の終了までには、レベル10以上にはなっていた。


「アラタ様に対する他の勇者の反応はどんな感じなの?」


 ソフィア王女はアラタの今後が心配になってきた。


「スズ以外は良いとは言えないわ」


 クロエもその辺の雰囲気は察していた。

 何となくアラタを下に見ているようにも思えた。


 冒険者としても、何か持っている様にアラタから感じていたクロエであるが、他の者がアラタをレベルが低いという色眼鏡で見ているなら、アラタの才能に気づくハズもないだろう。


「レベルが容易に上げれないと知ったら彼らはどんな反応を示すかしら?」


「あからさまに態度を変える者も出てくるでしょうね」


 それはクロエにとって不本意である。

 彼らは長い間、一緒に旅をするので、アラタをそのような扱いにさせたくなかった。

 だが、どうやって安全にレベルアップをするというのか。

 本来は普通に経験値を消費して上げればいいものなのだ。

 レベルアップをすれば、アラタは死ぬかもしれない。

 助ける術を知らないクロエは自分が無力だと思った。


「私の方でも調べておきますわ。あなたは自分の教育係としての仕事に集中して」


「……えぇ、分かったわ」

 何とか声を絞り出したクロエだった。


 ◆◆◆


 アラタはイザベラの講義から解放された。

 最後の方は疲れてしまって、イザベラの言葉が耳の穴の右から左に、流れていった。

 だが、冒険者としてイザベラは優秀だったらしいのは分かった。できる事なら今後もご教授願いたい相手である。

 お礼を言うと満足そうにイザベラから、いつでも頼っておくれと言われた。

 ギドの村で遭難したから心配してくれているのだろう。

 気に入られてるようであった。


 アラタは装備を失っていたので、買いに行く事にした。

 このままでは冒険者ギルドの仕事が出来ないからだ。

 通りを歩いていると、歩む先に見知った者がいた。


 ──安藤琴子だ。


 琴子は宿舎に戻るのであろう。

 こちらへ歩いて来ていた。そして何となくだが、琴子は自分の事を見ているような気がした。

 今さら方向転換など気まずくて出来そうもない。

 と言って、近づいた時にどうするか。

 どちらにしても気まずい。


「や、やぁ」


 ひきつった顔で声をかけたアラタはそのまますれ違おうとする。


「アラタ」


 声をかけられたので、振り向いてしまった。


 ◆◆◆


 ──どうしてこうなった?


 異世界の喫茶店。

 【喫茶ヒナモリ】奇しくもアラタが琴子に振られた喫茶店と同名の茶屋。


 琴子はアラタを誘った。

 別れた彼女に付き合う必要はない。

 だが、意志が弱いのか、突っぱねる事が出来ずにこうして、琴子に連れられて来てしまったのだ。

 アラタはブラックコーヒー。琴子は甘いミルクティー。二人で喫茶店に行った時いつも頼んでいた定番のメニューだ。

 

「彼氏とは上手くいってるのか?」


「え? うん。上手くいってるよ」


 何故こんな事を聞いたのか。

 自分の心を痛め付けるような質問だ。


「結婚するの?」


「え? まだ、そこまでは。将来の事なんて分からないよ」


 アラタとしては、結婚までするのなら、諦めもつく。

 将来性の面でも仕方ないとも思えたのだが、恋人として乗り換えられただけと言うような意味合いにとれたので、自尊心が傷付けられた。

 将来性、男性としての魅力。

 全てを否定されたようだ。


 断らずに喫茶店までノコノコ付いてきた自分の行動に後悔した。


「それで、俺に何か用か?」


 早く切り上げたくなった。


「うん、あのね、アラタってレベルアップしないの?」


 中途半端に盗み聞きしてしまったために、アラタがレベルアップ出来ないとは、露知らず琴子は聞いた。


「まぁ、そうだな。今のところ」


 アラタは琴子の意図が分からない。


「ねぇ、頑張って魔王を倒さないと、帰れないよ」


「倒すと帰れるのか?」


 説明を受けていないアラタは初耳だ。


「初めて召喚された日に説明受けたじゃない」


「わりい、聞いてないわ。きょーみなかったし」

 

 異世界召喚の術式には、魔王討伐時に、元の世界に戻す術式も組み込んでいる。

 でないと勇者が魔王討伐の旅に出ないかもしれないからだ。

 そういう説明を受けたそうだが──。


「それ、本当に帰れるのか?」


「疑うの?」


「疑う理由はないって?」


 魔王を倒す程強くなった勇者が、帰れないと知った時の報復がどれ程のものか考えるに容易い。そういう奴は、元の世界にお帰り願う方が後腐れがない。とはいえどこまで信憑性があるだろうか。


「信用するしかないじゃない。他にあてがないもの……だから、頑張ろうよ。帰れるように」


 琴子はそう言ったが、アラタの心に全く響かない。


「帰りたいのか?」


「え? そりゃあ、お父さんとお母さんもいるし、大学もあるし」


 アラタには何もなかった。

 親はいない。

 恋人もいない。

 帰っても、町工場でこき使われるだけの日々。

 アラタの瞳が急激に光を失う。

 結局、琴子は自分の事だけなんだろう。

 帰った所で、何の希望があるのだろうか。

 アラタに親がいないのは知っているハズだ。

 仕事は給料が安く、休みが少ない。

 自身が別れを告げたのだから、恋人もいない。


「俺に戻ってどうしろと?」


「どうって……」


 琴子は、アラタも元の世界に戻りたいものと思っていた。


「話は、それだけか?」


「……このままだと、勇者の称号も剥奪になるって言ってたよ」


 琴子が上目遣いで言った。

 こいつは無自覚だが、この仕草で好きになる男は多かった。

 アラタもその一人だった。


 魔王討伐の旅に出るにしても、このままではいけないと思って、琴子はこうして、自分と話をしているのだろう。

 要は自分との関係を割りきったのだろう。

 アラタはいまだに割りきれてはいなかった。


「琴子、別れる時俺にもう二度と会う事はないって言っただろ?」


「……言ったよ。でもこんな状況よ。仕方ないじゃない」


「俺はそんな簡単に切り替えられない」


「……」

 琴子は黙ってしまった。


「俺は別に帰れなくても構わない」


 それが、アラタの本心だ。むしろ帰らない方が良いのでは?とすら思っていた。


「ふてくされないでよ」


 すると、さっきまでの琴子の可愛らしい女の子然とした雰囲気は失せた。

 全てを取り払った無の表情になっていた。


「私さぁ。モテるよ。

 色んな人に食事誘われたり、プレゼント貰ったり、ちやほやされるし。

 それに新しい彼氏も、もういるの。

 貴方の知ってる通りアツシよ。

 それにやりたい事だってたくさんあるの。絵描いたり、音楽もやりたいから、バンドもやってんの。それに詩を書いたりしてる。文章も書いてる。お芝居もやりたいなって思って、養成所も最近通ってるの。

 時間はないし、ホントはアラタに時間なんて割いてられないの。

 でも、仕方ないじゃない。

 もう好きじゃないんだから。

 貴方が、ギドの村で遭難したって聞いて心配はした。

 それは本当。

 でも、今分かったわ。

 私、貴方を男としては見てないの。

 親戚みたいな感じよ。

 アツシの方が男らしいし、お金もあるし、仕方ないじゃない。

 それでも協力して欲しいの。

 私は帰りたいの。

 やりたい事沢山あるから、貴方に帰る理由なんてなくてもそんなの興味ない、関係ない。

 貴方と何もなかったら、こんな協力頼まないわ。昔のよしみじゃない。協力してよ」


「……ふざげんなよ。俺がどんな思いで……」


 何とか言い返そうと思ったが、たいした反論はない。

 所詮、振られた男は弱いのだ。

 すでに琴子にとって、アラタは価値のない、ただの勇者としての戦力の一つでしかない。

 それが良く分かった。

 アラタは支払いを済ませて、喫茶ヒナモリをあとにした。


 ◆◆◆


「はー、やっちゃった……」


 残された琴子は頭を抱えた。アラタとは楽しい思い出もあった。でもそれと同時にこじんまりとしていくアラタに不満もあった。

 もっと色んな事に挑戦してほしいと思っていたし、提案した事もあった。


 ──アラタは、欲しいものとかないの?──


 ──琴子──


 ──それはあげてるじゃん(笑)そうじゃなくて──


 ──それさえあれば俺は良いかな──


 ──欲がないわね。夢とか野望とか持った方が良くない?──


 ──そうか?──


 ──そうよ──


 ちょっとした不満、それが日に日に積み重なって、とうとう別れるまでになってしまった。


「私は悪くない」


 そう呟くと、琴子も席を立った。宿舎でアツシが待っている。

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