第60話 スズの治癒魔法

 同日、朝十時。騎士団宿舎食堂。


「……え? それはどういう……」

 琴子は動揺して、クロエにもう一度尋ねた。

「言った通りよ。今後、アラタはこの訓練には参加しない」

「何故? アラタはレベルが高くないんだから、訓練は必要な筈じゃない」

「琴子、アラタにはアラタの事情があるの。これは決定事項よ」

「そんな……」

 琴子はあの喫茶店での事を思い出していた。

 確かにひどい言い方でアラタを傷つけたと思っていた。

 だがそれでも、アラタは自分達に協力してくれると思っていたのだ。

 琴子は自分に都合良く考えていた。

「どうしたんだ? 琴子」

 アツシが怪訝な表情で琴子を見る。

「だって、心配じゃないの? アラタのレベルで旅に出るなんて……」

「そうか? だったら旅に行かなきゃいーんじゃね? それよりも、なんでそんなに気になるんだ。元カレだからか?」

「別にそんなんじゃ……」


「琴子、アラタは僕たちの訓練についていけないんだよ。だから別メニューなんだよ」

 設楽タカヒトが、それについて解釈した。「俺もそう思う」

 ツバサも同意見だ。


「だったらいいんだけど……」


(だったらいいってなんだよ。そもそもアラタの事なんてどうでもいいだろうが)

 琴子の反応はアツシにとって面白くない。

「ちょっとタバコ吸ってくるわ」

 そう言って食堂を出た。ヘビースモーカーなのだ。


 ヒナコは、隣に座るスズ を見た。スズに動揺は見られなかった。

「スズ、もしかして知ってた?」

「うん。今朝アラタがクロエに訓練には行かないって言ってたから」

「やっぱりタカヒトの言うとおり、私達の訓練に付いていけないからかな?」

 すると、スズはヒナコを驚いた目で見て、

「ホントにそう思うの?」

「え?」

「……そう、ならいい」

 プイッとそっぽを向いたスズだ。ヒナコは何故スズが、そんな態度を取るのか分からなかった。

 自分には人を見る目がないと言いたげだ。アラタに何があるというのだろう。

 ヒナコには分からないが、スズがあまりにもアラタを評価している気がしたので、多少はアラタを気にする様にはなっていた。

 ただそれは異性というよりは、親友の気になる男として見ている感じだ。


 東ミクは、「ふん」と鼻を鳴らした。


 猪熊トウカは、ツバサをちらちら見ている。

 今朝もツバサ、かっこよすぎ……と、うっとりしている。アラタの事などどうでも良かった。


 ◆◆◆


 闘技場で訓練が始まった。

 スズはクロエに「治癒魔法が取得出来たけど、使える?」と聞いた。

 勇者の皆はそれを聞いて喜んだ。

「さすが、スズだな」

「光属性って感じだね」

 だが、クロエは

「あまりお薦めはしないわ。ちょっとゴブリンを持って来て」

 と部下の騎士に命令した。ゴブリンは手足を拘束されていた。闘技場では何種類かの魔物を飼っていて、こうして訓練で使うのだ。クロエは騎士に頷く。騎士はそれを汲んで、ゴブリンの腕と足を剣で切り飛ばした。

「治してみて」

 クロエはスズに指示した。凄惨な現場に皆が息を飲んでいたが、スズは動揺する事なく冷静に、騎士に切り飛ばした足を切断面にくっ付けてもらい

光治癒ひかりちゆ」と唱えた。

 すると、くっ付いた。腕も同様に魔法をかけた。

「スゲー。勇者の治癒魔法って感じだな」

 上手くいったかに見えた。だが、ゴブリンは歪な歩き方をした。切られた足がグニャリと曲がって力が無かった。腕も同様である。何より繋げた箇所が、瘤状こぶじょうになって歪に付いていた。

「これが人間なら想像が付くでしょ?」

「そう……私には無理なのね」

 スズは魔術師学園で書籍を漁っていたので、大体分かっていた。

 治癒魔法には経験や勉強が必要で時間がかかる。

 確かにスズは勇者で、魔法の取得も早いが、それとこれは別であった。

 要するに魔力が強すぎて制御出来ないのだ。

 それは戻すというより、ただ強力な薬でくっ付けただけ。神経の一つ一つを繋ぎ合わせ、皮膚も綺麗に元に戻すなど神の芸当である。

 例え魔力のコントロールが出来る様になったとしても、出来ないだろう。経験も知識もスズは欠けていた。

「治癒魔法を使う時はより繊細な集中が必要なのよ。戦闘時にそんな事出来る?」

「……出来ない」

「攻撃魔法なら興奮した状態でも使えるけど、それだけ治癒魔法は高度な技術が必要なのよ。勿論スズの治癒魔法でも無いと有るのとでは、雲泥の差よ。少なくとも命は助かるわ」

「……でも、綺麗には戻らない」

 女子は引いていた。あれが自分にかけられると思うとゾッとした。特にヒナコはタレントで女優である。体の傷は御免こうむりたい。

「……戦闘後に落ち着いて治癒魔法をかけても似たような結果にはなると思う」

 スズはあのゴブリンを見てそう言った。

 先程、彼女は落ち着いて魔法をかけた。

 治癒魔法が難しいのは彼女も書籍で読んで分かっていた。

 だが、もし充分な時間と経験が与えられるならスズはアルフスナーダ国内でトップの治癒師になっているだろう。

「まぁ、治癒魔法が使えるコモランが付いて行くから問題ないわ」

 クロエはそう言うが、そいつが死んだらどうなる? とは誰も言わなかった。

 分かっていたのだ、コモランがいなくなれば、スズの雑な治癒魔法しか頼るものがないのだと。

「言っておくけど、コモランは手足をくっ付けるなんて芸当出来ないから。なるべく大きい怪我はしないで」

 大怪我をしないのは難しいと思った勇者メンバーだ。

 人食い狼もまだ討伐出来ていないのだ。

 皆は勇者のステータスを過信していて、治癒魔法も覚えればさくっと使えると考えていた。

 それこそ無くなった腕が生えてくるような魔法を期待していた。

 だが、現実的にそれは難しいのだ。

「皆心配しないで。魔力のコントロールが出来る様になれば、一気に強くなるから。これは前回と同じ方法で訓練してるから自信を持って頑張って」

 クロエはそう説明した。

 確かに火力は申し分ない。

 実績があるからこの訓練なのだろうと。

「クロエの言う通りやるしかないぞ。皆頑張ろう」

 ツバサが皆を鼓舞した。勇者達は頷く。やるしかないのだ。

「ふん」とミクは鼻を鳴らした。

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