第59話 アラタ イザベラに師匠になってもらう

 異世界にやって来て、15日目だと思う。

 多分。

 とにかく半分が過ぎた。

 あと半月過ごせば、勇者でなくなる確率は非常に高い。

 この国でどんな扱いになるのか。

 生きていられるのか。

 それは分からない。

 とにかく今日は転移だ、転移。

 こいつを何とかしないと始まらない。

 魔術師学園で調べまくったし、何とかしよう。


「ん?」

 アラタはステータス画面に変化が起こっているのに気付いた。

 画面上にある【歯車マーク】。そこに赤い丸がついている。

 普段、ステータス画面を小さくしているので、細かい変化に気がつかなかった。

何らかのメッセージがあるのかも、と思って【歯車マーク】を開いた

 そこには【言語設定】の文字がある。

 それは前回確認済み。

 そしてもうひとつ【スキル使用設定】の文字があった。

 新機能だ。

 コメントがあり【320時間以上ステータス画面を使う事で設定が変えられる様になります】と出ていた。

【スキル使用設定】は単純に自分が持っているスキルのオンオフが出来ると言うものだ。

 これは自分のスキルの隠蔽いんぺいに使えそうだ。


 ◆◆◆

 

 アラタは昼まで、【書籍】で転移について調べていた。

 魔術師学園の蔵書は伊達ではない。目的の本はあったし、それを読み込んだ。


 お腹がすいて、使用人宿舎の台所に行くと、元冒険者のイザベラとその孫のルチアがいた。

「花は渡したのか?」

「はい、一応、喜んでくれたみたいです」

「そうか、それは良かったな。誰に渡したか聞いてもいいのかい?」

イザベラは気になるようだ。

「クロエです」

「クロエ? それは誰だ?」

「騎士団長です。知ってますか?」

「騎士団長だって?!」

 イザベラは驚いた。イザベラが知っている騎士団長は壮年の男性だったからだ。

「わしが知ってる騎士団長は、シルヴァっていう奴だったがね。いつの間に変わったんだ……年は取りたくないもんだねぇ」

「さぁ、クロエは若いし最近じゃないですか?」

「幾つじゃ?」

「二十歳です。俺と同じです」

「二十歳?! そんな逸材がこの国にいたのか?!」

「はい。この前、模擬戦でこてんぱんにやられましたし。知らなかったんですか?」

「初耳だねぇ。てっきり、わしは、シルヴァとやりあったのかと思ってたぞ? まさか、二十歳の女剣士だとは……」

 イザベラは自分が引退した冒険者だと実感した。時代は変わったのだ。

「ねぇ、アラタはその人と結婚するの?……」

 ルチアがアラタの袖を引っ張ってきた。

「え? 結婚?」

「花あげた子と……」

「え? いや違うけど……」

 告白するのに花を渡すという学生の情報を知らないアラタである。

「そ、良かった。アラタはルチアと結婚するのよ……」

「そうだな」

 アラタはルチアの頭を撫でた。施設にいた時もこんな事を言われていた記憶がある。

 だが、アラタはロリコンでは無かったので、今の様にあしらっていた。


(自分を負かせた女騎士団長に花をプレゼントか……アラタも隅におけないね。やるときゃやる男ってか。若いときのわしを思い出すよ)

イザベラはご満悦だ。


◆◆◆


 アラタは定食を作った。

 その時に【歯車マーク】の【スキル使用設定】を使う事にした。

 付けたしの小鉢の品を料理する時だけ、スキル【料理】をオフにして作ってみた。

 すると、イザベラもルチアも、これは美味しくない、と言って小鉢の品を残した。

 アラタも箸をつける。食べれない事はないが、美味しくない。

「やはり、スキルって大事だな」

 スキルの重要性を再確認したアラタであった。


 アラタはお茶を入れる。ルチアには牛乳を出した。

「イザベラさん、俺は勇者称号を剥奪されると思います」

 イザベラはお茶を噴きそうになった。

「アチチッ! 何だって?」

「俺のステータスにバグがあって、レベル上げが困難になっているんです。勇者認定の条件に最低限レベル10以上必要だそうですが、それすら届きそうもないです」

 イザベラは腕を組んで考え込んだ。

「……ふむ、それでお前さんはどうしたいんだい?」

「俺は勇者以外の道を選びたいと思います。現状だと冒険者が妥当だと思います」

「……ふむ」

 イザベラはさらに考え込む。

 お茶が冷めたので、アラタはイザベラのお茶を入れ直した。

「過去には勇者を辞めた異世界の者を支援する団体もあったが……」

「今は無いのですか?」

 おそらく【勇者の人権を守る会】の事を、言っているのだろう。

「……無い。国の方針と違う。その考えを持つ者は異端者として迫害されるからな」

 支援者がいてもいなくても、どちらにせよアラタは勇者になれる確率は低い。

 それでも、この世界で生きていける様にならねばならなかった。

「イザベラさん、勇者の称号が剥奪されるまでで構わないので、俺に冒険者としての手解てほどきをお願い出来ないでしょうか?」

 アラタはイザベラを冒険者として尊敬していた。

「それは構わないが……」

 イザベラは考える。はたして勇者認定を剥奪された者がどうなるか。

「アラタ。一つだけ覚悟しておいて欲しい」

「はい」

「お前さんに、もし火の粉がかかってきたら、全力で払いな」

「それはどういう……」


 イザベラの目は冒険者のそれになっていた。


「生き残るためには、魔物だろうと人だろうと殺してでも生きるんだ。それが冒険者だ」

 アラタは生唾を飲み込んだ。

 人を殺す。殺されるかもしれないという考えは持っていたが、それがもし起こるなら、自分が、相手を殺さねば回避出来ないという事。アラタはその考えを意識的に避けていたのだ。

「人が人を殺す。ここはそういう世界だ」

 イザベラは無慈悲にその事を告げてきた。

 日本とは違う、ここは異世界なんだと。


◆◆◆


 今回、イザベラから受け身を教えて貰った。

 スキル【体術】のレベル6であったが、怪我をしやすいのは受け身がなっていないからだという。

 徹底的に投げられ受け身をさせられた。アラタは体のあちこちに青アザが出来た。

 だか、そのお陰でスキル【受け身】が取得された。

 これはレベル5までしか取れなかった。

 イザベラが言うにはそれで十分対応出来るという。

 そもそも本来そんなあっさりスキルを取得出来たり、レベルも簡単に上がらないのだ。感覚的には一年間にレベルが一つ上がればいい方だという。

 つまりアラタは数時間で五年間練習した受け身の能力を手に入れたという事だ。

「イザベラさん。経験値があれば上がるんじゃ?」

「あんたら勇者は、それで上がるけど、ワシらはそう簡単な話でもないね」

 経験値とか毎日の訓練とかが、色々と関係しているらしい。


 夕方の五時までみっちりイザベラの冒険者としての修行をやって、アラタは解放された。

 イザベラも身体がなまっていたので、良い運動になったという。イザベラの身体がパンプアップされて、一回り大きくなっていた。

 とても老婆に見えなかったアラタだ。

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