第61話 クロエの家に行く

 騎士宿舎のロビーに入るところで、訓練を終えた勇者一行に出会う。

「アラタ」

 スズがアラタに近づく。

「今からクロエの所に行くの?」

「ああ、そうだけど」

「私も一緒に行っていい?」

「いいよ」

 別に断る理由なんてない。アラタとスズはそのままクロエの自宅に向かった。

 それを見送る勇者パーティーの面々。

「仲いいな」「いつのまに?」そんな事を、口々に言う。


「アラタって意外に積極的なんじゃない?」

 ヒナコは琴子に意味深な目線を送る。

「別にいーんじゃない? もう、私には関係ないし」

 琴子に動揺はみられない。

「関係ないことないでしょ? 朝、アラタが訓練に参加しないって聞いた時焦ってたじゃん」

「焦ってなんかないって。ただ訓練に参加しないのが、私のせいかなって思ったから……」


(私のせいかな? っていうか、完全に琴子のせいだと思うけど?)

 ヒナコは、琴子をわりと鈍感なタイプなのではないかと分析した。

(アラタと別れる時に、アツシを紹介って、何の冗談かしら。だいたい男を振るのに、さらに精神的ダメージ負わせてどうすんの? 恨まれるだけじゃん。別れるならパッと別れるに限るっての)


「どうしたの? ヒナコ」

 琴子はキョトンとしている。

「別に」

 あきれて琴子の顔を見つめていたらしい。

「なんだよ。ヒナコ。お前ってアラタが気になるのか?」

 ツバサが会話に入ってきた。

「何? あんた聞いてたの? 悪趣味ねー」

「ちがうっつーの。たまたま聞こえただけだよ」

「ふーん。ま、別にいーけど。アラタの事は気にしてないわ。けど、スズが気になるアラタって事なら気になるかも」

「なんだよ、それは」

「私は、スズとは仲良いけど、それと同時に一目置いてるのよ。私とは違う視点で物事を見てるから」

「例えば何だよ。俺から見てもアラタに何があるっていうのか分からないけどな。弱い魔法と、低いレベル。俺達とは距離を取ってるし。全くどんな奴かもわかんねーし」

「言ってしまえば、そうだけど……。琴子は分かるでしょ? 教えてよ」

「え? 私?」

「付き合ってたんでしょ? アラタってどんな人なの?」

「うん。まぁ、一言で言えば優しいかな。それと結構大胆な行動も取るから、危なっかしいんだよね。でも、今のアラタと接点を持っているわけじゃないし。何考えてるか理解できないから、聞かれても分からないわよ」

(もうアラタに対してアンテナは切ったってとこかな?)

 琴子の気持ちはアツシに向けられているのだ。


 ◆◆◆


 アラタとスズは並んで歩く。

 そろそろ日は落ちて暗くなろうとしていた。

「スズはクロエに用があるのか?」

「ない。でもアラタは転移の事調べてたんだから、ちょっと気になった。それに、あの場には他の皆がいるから……」

「そうだな。あそこでは転移の話は出来ないしな」

「進展はあったの?」

「一応。あとは実験しないと」

「ナンバーズに見張られてるんだから、もし試すならクロエの家でやれば? 私も手伝うし」

「そうか。そうしよう」


 転移の実験をかねた、食事会といったところか。

 ノックすると、部屋着に着替えたクロエが出迎えた。

 アラタはキッチンを借りて、食事の準備を初めた。パスタを作る。今朝作ったアクアパッツァの残りをパスタの具として使う。

 スズもアラタの横に立って手伝う。

 クロエは全く料理が出来ないというので、アラタの後ろで目を輝かせて見ていた。


 完成したパスタに舌鼓を打つ。サラダとスープはスズが作った。パンは使用人のマーサが焼いたものを貰ってきた。

 クロエ、スズと食事をしながら今後の事を話し合う。

「騎士団の使用人宿舎にいるイザベラさんという元冒険者に、手解きを受けてるんだ。冒険者としての訓練。とにかく時間がない」

「あのイザベラさん? 元冒険者だったの?」

「スズは一度会ってたな」

「うん。確かに、何か強そうな人に見えたけど」


 クロエはアラタの考えを受け止めた。勇者に対する想いがクロエにもあったし、それ故に訓練係に名乗りを上げた。

 だがアラタのレベルの事を考えれば、それは致し方ない話だった。

 妥当といえば妥当かもしれない。アラタにはその才能も感じられた。

「まぁ、今のところ選択肢があまりないしな。短絡的かな?」

「私には判断できないわ。アラタがそれを選択したなら尊重するけど。ただ私は心配よ」

 冒険者は危険が伴う。いつ死んでもおかしくない。それにアラタはいつも怪我をしていた。無茶をするタイプだと思った。

 もちろん勇者として旅に出ても危険には変わりない。自分でもおかしな事を言っていると自覚しているクロエだ。

 勇者に執着していた自分が、アラタに執着している。クロエはその感情が何なのか分からなかった。


「それでクロエ。頼みがあるんだが」

 アラタがかしこまって話す。

「何?」

「転移に使うマーカーを作りたいので協力して欲しい。スズも手伝ってくれるって」

「もちろんいいわよ」

 アラタはステータス画面の【書籍】から目的のタイトルを開いた。

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