第62話 転移の初歩 ジム・ケリーブリッジ著

 アラタは道具屋で転移に使う素材の買い物をした。

【転移の初歩 ジム・ケリーブリッジ著】によると、転移にはマーカーが必要だという。

 転移先にマーカーで印を付けてあれば比較的安全に転移が可能である。

 魔石の粉と、転移を使う魔法使いに合った触媒でマーカーを作るという事だ。

 アラタの転移はスキルなので、マーカーが使えるかテストしなくてはならない。

 ちなみに著者のジムは、転移の研究者ではあるが、とうとう転移魔法を習得できなかったと著書に告白している。


 道具屋で購入した魔石の粉を出す。そこに自分の血を垂らして、すり鉢で混ぜる。

「女性がお風呂に入ってる所に転移したから、女性の血とお湯でいけると思うのだが、どうかな?」

「なるほどね」

 そう言うとクロエは沸かしたお湯と自分の血をすり鉢に混ぜた。

「これで実験してみよう」

 マーカーで描く印は何でも良いらしい。

 指先に少量を取り、クロエの家の玄関に自身の魔力を加えながら垂らす。

 それが、渦を巻いて、星形になった。

「これでいけると思う」

 アラタは一度玄関の外に出て、転移スキルを発動させてみた。

 明確に、玄関の内側に転移するイメージを持ってやってみたが発動しなかった。

「……駄目だ」

 アラタは何が悪いのか分からなかった。

 マーカーの印は消えていた。これは不正解のようだ。


「アラタ、それってジム・ケリーブリッジの本を参考にした?」

 スズが尋ねるので、そうだ、と答える。

 スズはスキル【速読】があり、自分よりも魔術師学園の蔵書を読みまくっている。

 スズは「一応、私でも試してみない?」と言った。

「良いのか?」

「ん」

 それで、アラタはもう一度チャレンジした。

 今度はスズの血が混ざったマーカーが完成した。

「じゃあ、もう一度試すぞ」

 クロエとスズは頷いた。玄関に同じようにマーカーで印を付けた。先程より自分の魔力がマーカーに馴染んだ気がした。

 玄関に出ると驚く事にステータス画面に【地図】が表れて、マーカーの位置が光っていた。地図は自分の行った事がある場所だけが表示されていた。それ以外は表示されていない。

 アラタは地図のマーカーの印を意識して【転移】を発動させた。

「おっ?!」

 足元からスッと一瞬で消えて、玄関の中に入った。

「わぁ、すごい!」

 何度かアラタの転移を見たクロエでも、こうして改めて見ると感動する。

 ゲイリー・オズワルドも転移が出来るが、彼の場合は魔力消費を抑えるためにマジックアイテムを浪費する。魔力付与の高級な杖を一度の転移で駄目にしてしまうのだ。

 それに比べるとアラタの転移は何も消費する事がない。しいて言うならマーカーの材料程度。

 何よりアラタは、自分の意思で行きたい所に行けるという事に感動していた。

 マーカーは消えていた。一度使うと消えるようだ。

「これならソロで冒険者ギルドのクエストに行っても、簡単に生還できるな」

 アラタは、そう言うとクロエの玄関にマーカーで印を付けた。

「もし危なそうなら、ここに戻ってくる」

「それは安心ね。でもいくら転移出来るからって油断は禁物よ」

 クロエが人差し指を立てて注意する。

「分かってる」

「でも、何で私では駄目でスズだったら出来たの?」

 クロエの疑問にはスズが答えた。

「ジム・ケリーブリッジは【転移】の研究の第一人者だったけど、転移魔法は使えなかった。魔力は人それぞれ違うから、転移魔法に適した魔法とか相性がある。私とアラタは魔力の相性が良かった」

「あ。そうなんだ」

「そう。アラタとクロエは相性が悪い」

 じーっとクロエを、スズは見つめた。

。でしょ?」

「……ん。確かにそう」

 クロエがピリついて、不穏な空気が流れる。

「そ、そろそろ帰るか」

 アラタはよく分からないが、この場にいるのが耐えられなくなった。


 マーカーのインクは小瓶に保存してポーチに入れた。

「ナンバーズに見られないようにしないとな」

 アラタは、細心の注意でスキル【転移】を使わなければならない。

 本によるとマーカーの印は本人が生きている間は消える事は無いという。印は幾つも付けて良くアラタは、人の目に付かない所にマーカーの印を付けておこうと思った。


 スズと帰路に付く。辺りはすっかり暗くなっていた。アラタは口を開く。

「スキル【転移】って一人だけしか使えないのかな? 手とか繋いでたら二人で転移出来たりとか?」

「それは止めといた方が懸命ね」

「そうなのか?」

「アラタ、【転移の応用 ジム・ケリーブリッジ著】は読んだ?」

「読んでない。そんなのあったのか?」

「うん。転移の実験でそれをやったんだけど。転移魔法の出来る魔法使いが、ゴブリンを掴んで転移したの。そしたら、しか連れて行けなかった。どうやら、転移できる質量には、個人差があるらしいの。アラタなら、二人分の質量を転移出来る可能性もあるかもしれないけど……」

「まあ、止めておこう」

「ん」


 アラタは宿舎の自分の部屋に戻ると、自室の床にマーカーで印を付けた。

 ステータス画面の【地図】に二ヶ所のポイントが光っていた。自分の部屋とクロエの部屋である。楽な移動手段を手に入れたとアラタはニヤけた。

 準備を整えるとアラタは部屋を出た。

「ん?」

 騎士宿舎のロビーでアラタは自分のステータス画面に変化があるのを知った。


『スキル【探知】取得可能』


 取得した。

 その途端、なんとなく周囲の人の気配を強く感じた。

 さらにレベルを引き上げる。

「うーん、よく分からん」

 レベル10まで上げてみた。実際の所、効果はどうなのか分からない。

「ま、取得できるものはしておこう」

 アラタは、宿舎を出る。

「ん?」

 スキル【探知】が違和感を察知した。

「へえ……これがスキル【探知】の効果か」

 自分を監視しているナンバーズの姿が見えた。

 また、他の勇者を監視しているナンバーズ達の姿もちらほら見えた。

「宿舎の外で、俺達を見張ってるって訳か。今まで気がつかなかったのは、あいつらもスキル【隠密】を取得しているのかもしれないな」

 ま、今さらではある。

 出来るなら、もっと早くに知りたかった。


 ◆◆◆


 アラタが宿舎から出て来たのを確認して、103号はため息が出た。

 おそらく今日も徹夜である。

 宿舎を見張る【ナンバーズ】の他の隊員も気遣って、もしアラタが出て来たら起こしてくれると、昼間は寝かせてくれた。でなければ過労で倒れてもおかしくはない。

 疲れていても行くしかない。これは103号に与えられた仕事なのだ。

 お腹が、グーっと鳴った。罰である食事抜きが骨身に染みる。保存食は不味いので食べたくなかった。

 空腹に耐えかねて、それを一口食べる。

「まずい……」 

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