第63話 レベル20になるという事の弊害

 ミンファは冒険者ギルドの大通りの向かいの喫茶店にいた。ここでアラタがまた現れるのを待っていたのだ。

「にがっ」

 ミンファはブラックコーヒーを注文して一口飲んだ。慣れてくると美味しいらしいが、まだその良さが分からなかった。

 パーティーメンバーには注意されたが、アラタが気になっていた。

 ミンファは真っ直ぐな性格だ。

 それはパーティーに残るという保身よりも優先するべき事案に思えた。

『次にアラタとクエストに行ったらパーティーを辞めて貰う』

 それはミンファにとって寂しい話だ。だが、それでも自分の行動を止める事が出来なかった。

「お姉さん。可愛いね? 俺とお茶しない?」

 喫茶店にいると、何人もの男に声をかけられる。ミンファはうんざりした。いつもはロイズがいたから男から声をかけられる事はなかった。

「ねぇねぇ、無視するなよお」

 そう言ってミンファの向かいに座ろうとするナンパ男。

(うっとおしいなー)

 ミンファがそう思っていると。

「ミンファ、待たせたな」

 ロイズがやって来た。

「何だ。男付きかよ」

そう言ってナンパ男は去っていった。

「何? ロイズ。私に何か用?」

 ロイズが何故ここにいるのか、ミンファは分からなかった。

「何してるんだ?」

 ロイズはミンファの向かいに座る。

「別に……何だっていーでしょ」

「アラタが気になるのか?」

 ミンファはハッとした顔をする。その通りなのだ。

「ボクは幼馴染みだぞ? 考えてる事くらい分かるって。それよりミンファ。アラタにあまり関わってると……」

「分かってるわよ」

 プイっとそっぽを向くミンファだ。こうして普通に接していたが、ロイズの心中は揺れていた。

(夜の森にアラタと二人で入ったというけど、何かアラタとあったとか? いや、ミンファにかぎってそんな……!)

 ミンファとアラタが逢瀬をするシーンを妄想してしまう。

「あっ」

 ミンファが大通りを歩くアラタを見つけた。

 ロイズは嬉しそうなミンファの表情を見て、ますます嫌な予感がするのだった。


 ◆◆◆


 アラタが冒険者ギルドに入ると、カウンター奥でサラが上司と話している最中であった。

 アラタに背を向けていたサラである。

 サラのお尻を見ているアラタである。サラは容姿も可愛いが、お尻がアラタの好みでプリプリとして丸みを帯びていて目が離せないフォルムをしていた。完全にエロい目でサラを見ていた。

「アラタさん。サラにご用ですか?」

 イズミがアラタに声をかけた。依頼を受注するだけなので別にイズミでも良いのだが、サラにやってもらう事がほとんどであった。冒険者はげんを担ぐので、決まった受付嬢を使う。

「サラ。貴方の旦那が来てるよ」

 と思わせ振りな事を言ってサラに声をかけた。

「何ですか? 旦那って?……あ、アラタさん!」

 振り返ってアラタを見たサラは、ぱっと嬉しそうに笑顔になると、上司に

「じゃあ、そういう事で宜しくお願いします」

 と、ペコリと頭を下げて、カウンターに戻ってきた。

「どう? アラタさん。うちのサラはいいお尻してるでしょ? 嫁にすれば好きに出来るわよ」

「ち、ちょ! 何言ってるんですか? 変な事をアラタさんに吹き込まないで下さい」

 サラが真っ赤になって抗議した。アラタは思わず、何故俺が彼女のお尻を気に入ってるのを知っているのだ? と聞き返してしまいそうになったが、こらえた。

 イズミはそれを察して、アラタに

「お兄さんがエッチぃーな目でサラのお尻を見てるのはバレてますよ」

 と耳打ちした。なるほどと合点がいくアラタだ。スズにも「アラタはエッチ」だと言われるし、どうやら女性から見て自分はそういう風に映るという事だ。

 まぁ、確かに生来そういう節が自分にはあると自覚している。

 だから

「そうか、その魅力的なお尻をモノに出来るならそれもアリだな」

 とアラタはそんな台詞を言ってみた。

 そんなものだから、サラもたまらず

「もぉ、アラタさんまで、悪乗りのし過ぎです!」

 サラはカウンターから身を乗り出してアラタの胸をポカポカと叩く。

 アラタとイズミは「ゴメンゴメン」と謝りながら笑った。

「もぉ、知りませんから!」

 とサラはソッポを向いた。アラタは今度何かおごるからと、ゴマを擦った。

「ほ、本当ですか? 約束ですよ」

「お、おう」

 一瞬で機嫌が治ったようだった。するとアラタは背筋にゾクッとしたものを感じた。

 ギルド内を見渡すと、一人の男がこちらをにらんでいた。それは嫉妬に満ちた視線だった。アラタにはその視線の意味が分からない。

「ルスドって名前だったか? どうしたんだ、 あいつ」

 イズミが説明した。

「この前、っていうのをしたのよ。その時に彼がいて、サラを気に入ったみたいなの」

「あ、そうなんだ」

 アラタの反応を見てサラは

「アラタさん、誤解しないで欲しいのですが、私は遊び人ではありませんから! 今回は人数合わせで行っただけです!」

 サラは真っ赤な顔をしていて、涙目になっていた。余程アラタに誤解されたくないらしい。だが、肝心のアラタは(サラさん、何か必死だな)としか思わなかった。

「アラタさん、私が言うのも何だけどサラは凄く良い娘だから。スキル【料理】【洗濯】【掃除】全て5レベル以上あるから、掘り出し物よ」

 イズミがサラをフォローする。

「へぇ、そりゃすごいな」

 アラタはこの世界の人間がスキルのレベルを上げるのに苦労しているのをイザベラから聞いて知っていた。ただイズミが何故アラタにサラを薦めてくるのか分からなかった。サラにも男の好みがあるだろうし、それは自分ではないと思っていた。

「サラさんは冒険者だったんだ?」

 冒険者ギルドの職員が、冒険者をやっていてもおかしくないと思った。

「あ、いえ、違いますよ。経験値が欲しくてツアーに行くことはありますけど……」

 一般人が、経験値が欲しい時は冒険者に同行するツアーに参加するという。一緒にクエストに行くだけで、幾らかの経験値が入るのだという。


「私のスキルはほとんどど【生活スキル】なんです。仕事するために【事務処理】も取ってますが……冒険者のレベルも3ですし」

 自分よりレベルが上だなと思ったアラタだ。

「まぁ私のような一般人だとレベル上げはしなくてもいいですし、それに仮に20レベル以上に上がると戦闘用のスキルしか出ませんから。私には必要ないんです」

「なんだって?!」

 今、サラが重要な事を言った。

「え? 何がです?」

 サラはアラタに詰められて驚いた。

「今、20レベル以上がどうって……」

「あ、はい。一般人が生活していくのに必要なスキルは20。ですから【生活スキル】で欲しいのがあれば20レベルに達する前に取るんです。と言っても20レベルに上げるのって凄く時間もかかりますから、それまでに色々なスキルを取得していくと思うんです。そんな戦闘スキルだけの人なんていないですよ。何より生きていくのに不便ですし……ってアラタさん? どうしましたか?」


 アラタは全てがつながった気がした。

 何故召喚された日にいきなり20レベルまで上げろと言われたのか。

 勇者はやはりこの国に兵器として扱われているのだ。

 自分達を管理するために生活スキルは与えたくないのだ。国の援助がなければ、生きていくのは容易ではないと。

 確かに戦闘スキルのみを特化させていかないと魔王には届かないのかもしれない。

 だが、勇者は兵器ではない。人間なのだ。

 美味しいご飯、安全な寝床。健康管理。清潔な服装。それら全てを実現させていくには【生活スキル】は必要不可欠だ。

 そして、アラタは考えていた。誰がこの案を出したのかと。

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