第64話 王女とクロエとタマキ
クロエは夜間、王城に呼び出された。
ソフィア王女はアラタの事を知りたいというのだ。
(アラタは冒険者になりたい……か)
異世界召喚された勇者には、こうして自分の自由を主張する者が
だが、その様な勇者は全員死亡または行方不明になっていた。
王城の図書室で、アラタのレベルアップについて調べていると、そんな資料まであったのだ。
ソフィア王女には勇者のサポートを頼まれていたが、アラタが勇者を辞めたいなどと知られたら出来なくなるかもしれなかった。
勇者の教育係として、王女への報連相は必須事項であるが、アラタのサポートをしたいクロエだけに悩ましい問題であった。
アルフスナーダ城内。ソフィア王女は今日の公務が終わって、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。
「ふぅ……」
ひと心地ついた。その上で今しがたクロエより受けた報告を
「アラタ様が、自由に生きていかれたいと」
「ええ。ソフィアはアラタをどうしたい?」
クロエは内心汗をかいていた。場合によってはアラタを拘束するかもしれないのだ。勇者を自ら辞めるというのは許されないというのが、この国の見解だ。
「ふむ……」
ソフィア王女は、もう一口コクリと紅茶を口に運んだ。
「私といたしましては、アラタ様の意思を尊重したいと思いますわ。ただ、それで黙っていない者も中にはいるという事。ですから、アラタ様が宜しければ、私の直属の騎士になってもらえれば手出しはされないかと思います」
以前アラタは自分の知らぬ所で
「しかし、それはアラタの言う自由とは違うのではないの?」
騎士となれば、それなりにお勤めがあるので、自由気ままな生活とはいかない。クロエはアラタの言う自由のニュアンスを汲み取ってソフィア王女に自分の意見を言った。
「そこまで堅苦しく騎士の勤めを押し付ける気はありませんわ。
「敵対する者って誰よ?」
「私の見立てでは、大魔法使いゲイリー・オズワルドと剣聖アイザック・グローリアですわ」
「またそんな事? アイザックに限ってそんな事ないわ」
「ま、あなたの見解はそうなんでしょうけど」
「誰に聞いてもそう言うわ」
ソフィア王女はクロエをじっと見た。
(盲信してるわね。親代わりに育てて貰ったから余計にかしら)
「とりあえず、私の方からはアラタ様に何か危害を加えようなどという気持ちはありませんわ。むしろスキル【転移】まで使えるなんて素晴らしい事──」
ソフィア王女は妖艶に笑う。
「やっぱり、いただいちゃおうかしら?」
「ダメよ」
「あら、あなたのモノじゃないでしょ?」
「と、とにかくダメなの!」
ソフィア王女のような並み外れた美人が迫れば、アラタは簡単に落ちるだろう。
(クロエって、アラタ様に執着してるわね)
ソフィア王女はからかっているのだ。
そんな二人のやり取りを王女のお付きのメイドであるタマキ・シロは黙って見ていた。
ソフィア王女は素より勇者の人権擁護派である。昨今の勇者を兵器としてしか見てない様な大魔法使いゲイリー・オズワルド、剣聖アイザック・グローリアとは違う。
だが、大聖堂で勇者にレベル20以上に上げさせたのはソフィア王女と聞いている。
レベル20に上げる弊害は知っている筈である。
自分もあの時、大聖堂にいたが、それは別室にての待機である。
その全容は知らされていない。
タマキは、王女の行動についてとやかく思うという考えはない。
勇者が、国の思惑に良いように使われているので気の毒とか、そんな思考はタマキには微塵もない。
勇者をどのように扱おうと、それは王家の意思である。
シロ家はただ従うだけだ。
それでも、何故かアラタの事だけは気になった。
それはここにいる全員がそうなのだろう。
タマキは、多少の恋愛経験はあるものの、男性と肌を合わせた経験など無論ない。
だから、いくら緊急事態とはいえ、アラタと肌を合わせた事に自分でも驚きを禁じ得なかった。
(確かにアラタ様には何かあると感じる。でもそれが何なのか……)
こうしてアラタの事を考えてるだけで、胸の内がポーっと温かくなる。
(いや、やはり、王女の命令で彼と肌を合わせた。そして、それが初めての事だったから、私はアラタ様を意識している。きっとそうに違いないわ)
要は単にそれだけの事だと納得させた。
「タマキ、聞いてるの?」
「……え? は。すみません。何でしたか?」
アラタの事について考える内に自分の世界に没頭していたらしい。
「今、クロエと議論してたのよ」
「何をです?」
「アラタ様が、おっぱい派か、おしり派かって事をよ。あなたどう思う?」
「何で、そんなくだらない議論をしてるんですか?!」
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