第57話 話し合い

 アラタはお湯の中に落ちる。頬を柔らかい何かが受けた。

 目線を上げると美しい女性の顔。湯船に浸かるクロエである。

「本当に、エッチなスキルね。アラタ」

 クロエが真っ赤になりながら言った。


「別に、俺のせいじゃないだろ?」

 ブクブク……。

「それはそうだけど、私も恥ずかしいのよ」


「うん」

 アラタはクロエの唇を見つめる。あれに触れたのだっけ?

「アラタ……早く出てってよ……」

 視線に気がついたクロエが、恥ずかしがっている。

「あ、ああ」

 アラタは素直に従う。そして立ち上がろうとして、ズルッと滑る。

「どうしたの?」

 クロエが怪訝な顔をする。

「足が……」

 ゲイリー・オズワルドに攻撃されて飛び降りたまでは良かったのだが、あの高さだ。

 足を捻挫しているのだろう。

 正直着地した際は全身に衝撃が走り、痛みで気が遠くなりそうだった。

 痛みを我慢して、魔法を放ったのだ。

 勇者は、大容量の魔力があっても身体は普通の人間と同じで、超人になるわけではなかった。

 クロエはスズを呼んで、二人で何とか湯船から引き上げた。

「ソフィアを呼んで来た方が良いかもしれないわ」

 クロエがそう考えると、お付きのメイドであるタマキに手紙を書く。

 前回アラタが遭難から生還した手順を践む。

「私が、持っていく」

 スズはタマキ・シロに手紙を持っていった。


 アラタとクロエはリビングのソファーで座ってタマキとスズを待っていた。

 アラタは、少しぐったりとしていた。

 クロエはスズに、アラタが転移で戻って来ると聞いて、風呂に入った。

 アラタのスキル【転移】は、女性が風呂に一人で入るとそこに転移出来るようなのだ。

 実際、クロエ宅の風呂場では、クロエとスズがそれぞれ一人で入ってる時にアラタは転移してきた。

 ゲイリー・オズワルドには悪い噂があったので、アラタが後を追って行ったと聞いて心配したクロエだ。無事にアラタが帰って来てホッとしている。


「悪いな。転移のために風呂に入ってもらって」

「いいのよ」


 頬を赤らめてクロエは言う。アラタはなぜ自分の為にそこまで身体を張るのか考えていた。


(クロエって俺の事好きなのかな?)

 そんな事を考えるが、どう考えても自分にそんな魅力があるとは思えなかった。

 琴子に棄てられたせいで自信がもてない。


(思いきって、聞いてみるか?)


 こんな美人が、自分の新しい彼女になってくれたら、琴子の事も忘れる事が出来るハズだ。

 全てが丸く収まるような気がした。

 だが、口を開く事は出来なかった。

 アラタは自分の気持ちもまだ曖昧で、これ以上は追及出来なかった。

 アラタはクロエの本当の気持ちを聞くのが怖くなってしまった。

 クロエが自分の事を好きだと言えば、これからの関係が変わっていくからだ。

 要はなのである。


 しばらくしてスズが戻ってきた。

「ちょっと時間かかるけど、呼んでくれるって」

「そう」

「何か、タマキさん、私一人でもアラタを治せるって言ってたよ」

 スズがチラリとこちらを見た。へんな汗が出た。

「え? タマキが?」

 クロエは驚いた。

「魔法使えるの? って聞いたら違うって言ってた。それでどうやって治すか聞いたら、【慈愛の治癒師】で治すって」

「何それ?」

 クロエはそれに関する知識がない。

「断っておいた。アラタもそれでいいでしょ?」

 スズが見つめる。何かその視線からレーザー的な何かを発しているように感じた。

「も、もちろん」

 どうやら、魔術師学園の図書館にその手の文献があったらしい。

 あれだけ読んでたら、そりゃあ知識もすごいだろうと。


 それから小一時間して、ソフィア王女とメイドのタマキ・シロがやってきた。

「アラタ様。またお怪我をされましたか?」

「足を捻挫したようだ」

「まあ、では寝室へ行きましょう」

 ソフィア王女がそう言うと、その背後から

「普通の治癒魔法で治して」

 とスズが静かに言った。

「……はい。もちろんです」

 ソフィア王女は青ざめた。

 スズの目からレーザー的な何かが出ているらしい。


 ◆◆◆


 タマキ・シロは皆にお茶を用意する。

 治療を終え、アラタはソファーに横たわる。一晩寝てれば治るという。

 お茶を一口すすり、アラタは口を開いた。

 クロエとタマキはアラタから事の顛末てんまつを聞いて、驚いた。


「ゲイリー・オズワルドが魔術師学園で地下組織を作っているというの?」


 クロエはにわかに信じられない。


「確かナンバーズと言っていたが、かなり怪しい服装をしていたな」


 アラタは、権力を持っている魔法使いというのは信用出来ないと思った。

「私達は監視されているのね。それは王女もご存知で?」

 スズは冷静と言ってもいい様子だ。想定の範囲内なのだろうか。

「まさか。スズ様。私は知りませんでした」

 ソフィア王女の弁明にタマキも頷いた。

「じゃあ、今すぐ止めさせて」

「うっ……」

 ソフィア王女は言葉に詰まる。答えにくいようだ。


「ですが、スズ様」

 それをうけてタマキが口を開いた。


「何?」


「私共にやれる事は現状無いんです。大魔法使いゲイリー・オズワルドは国内有数の実力者ですから」


「意味が分からない」


「えっとそれは……」


「タマキいいのよ」

 王女がそれを繋いだ。

「情けない話ですが、王族とはいえ、すでにアルフスナーダではその権力を失いつつあるのです。父は病に伏せています。ゲイリー・オズワルドに関して言えば、魔術師学園の学長であり、ギルドランクSの国家的な戦力。私一人の力ではどうにもならないのです」


「じゃあ、何? 結局、監視させておくという話?」


「申し訳ありませんが……」

 ソフィア王女は苦しそうだ。


「目的は分かりませんが、知られたくないスキルがあれば、使わない方が懸命けんめいです」

 タマキの言う事も最もだ。特に【転移】はバレたくなかった。

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