第38話 ギルドランクAに刃向かう者
ミンファを解放したキョウキはアラタの前に怒りもあらわに仁王立ちした。
先ほどより、一回りも二回りも体が大きくなったように感じるのは気のせいではないだろう。
「てめえ。死にてぇらしいな?!」
空気がビリビリとひりつき辺りはシンと静まり返る。
野次馬が固唾を飲んで見守る中。
「何を言っているんだ? 俺は別に死にたくはない」
野次馬が固唾を飲んで見守る中、そう言った。
異世界に来てからというもののアラタは恐怖心が薄れている。
それは当たり前の話で、日を跨がずして、中型のモンスターである【ブルベア】を討伐してきたばかりなのである。
キョウキがいくら凄んだところで、アラタが怯むわけはなかった。
目の前の男は自分に注意されて、どうやら怒っている。そしてそれはこのままだと殺し合いにまで発展しそうだという事は分かった。
アラタはそれならそれで別に構わないとも思っていた。
自分が死んでも、相手が死んでもそれは成り行き次第だし、アラタは全力で戦うだけの事だと。
そして、それが一寸先に実現しようとした矢先──。
「何をしているのです?!」
アラタとキョウキが声のする方に目線を送った。
金髪のロングヘアーがさらさらと風になびく美女。輪とした佇まいは孤高の一輪の花を連想させる。アルフスナーダ王国騎士団長であるクロエだ。
「何だ? てめえ……」
キョウキはクロエに睨みを効かせるが、彼女のプレートアーマーの胸にある紋章を見ると「チっ」と舌打ちした。
「騎士かよ……何でもねーよ。おい! 行くぞ」
「へい」
キョウキが踵を返して大通りへ向かうと、野次馬の中から、キョウキの取り巻きらしい男が数人、キョウキについていった。
「た、助かった……のか? ミンファ大丈夫か?」
安堵したロイズはミンファの身を案じて側に寄った。
「ええ。大丈夫よ」
ミンファは腕を擦る。キョウキに掴まれた手首が赤くなっていた。
ここ、アルフスナーダでは、冒険者が騎士との間に何があっても、国から咎められ罰せられる事はない。
冒険者は自分の利益のために戦い、騎士は自分の誇りのために戦う。
どちらが決闘に分があるかは一概に言えない。
だが、もし冒険者と騎士が決闘をして、大怪我を負った場合、騎士には国からの手厚い補償があるが、冒険者にはない。
キョウキがギルドランクAの冒険者だろうと、厳しい訓練を受けた騎士と戦うとなれば、無傷とはいかない。
自分の利益のために動く冒険者であるなら、騎士とのいざこざは避けたいという冒険者の矜持にのっとり、キョウキは身を引いた。
ただそれだけの事だ。
「あ、あの。ありがとうございました。私、さっきの奴に絡まれてて、困っていたんです」
ミンファはクロエにお礼を言った。
「私は何もしてないわ。アラタ、何があったの?」
「いや、大した事はない」
「そう。あまり心配させないで」
「分かってはいるんだが……」
なんだかクロエは随分と疲れているように見受けられた。
「私、もう行くけど?」
「クロエ、大丈夫か? 疲れてるみたいだけど」
「そうもいってられないの」
無表情にクロエは、じゃあと言って踵を返した。
何となく違和感を感じたものの、アラタはクロエを見送った。
「何か、女騎士って感じでカッコいいな」
ロイズはクロエの後ろ姿を見ながら言った。
「そうね。あんたはカッコ悪かったけど」
ミンファはジト目でロイズを見ていた。
「うっ。仕方ないだろ? 相手はあのキョウキだぞ?」
「……まあ。べつに良いけど」
ミンファは口を尖らせている。
背後でドアの閉まる音がして、ミンファは振り返った。
アラタがギルドに入って行ったのだ。
「あ、ロイズ。春風亭で皆待ってるから先に行ってて。私、後から行くから」
「……うん」
ロイズは、ボクも行くよ、と言おうとしたが、口が開かなかった。
ミンファが、ロイズに怒っているのが分かったからだ。理由は分かっている。ロイズがキョウキに立ち向かっていけなかったからだ。
『自分の好きな女の子くらい守りなさいよ』
ミンファはそう思っているに違いない。ミンファとロイズは同じ村で仲良く育った幼なじみだ。家もおとなりさんである。自分の気持ちなど彼女はとっくに気づいているとロイズは考えていた。
ミンファはあの自分に似た華奢な男に一言お礼を言って、自分たちに合流するモノだとロイズはタカを括った。
そしたら「さっきは守ってあげられなくてゴメン」と一言謝って全ては元通りになるのだと。
だけど、ロイズはこれから先、今日というこの日を後悔する事になるのだ。
その事を彼はまだ気がついてはいなかった。
◆◆◆
冒険者ギルドの建物に入るとサラが小さく手を振った。
そのままアラタはサラの窓口に向かった。
「アラタさん、こんばんわ」
サラが明るい笑顔で、出迎えた。
「こんばんわ」
同僚の先輩のイズミは、今日一のサラの笑顔だな、と思った。
「また、野草の採取クエストを頼む」
「あの、採取もよろしいのですが、町の方の依頼とかもありますよ」
アラタは充分な成果をあげているので、特に問題はないのだが、サラはアラタに対して心配症になってしまっていた。
「そちらの方でも、料金の良いものもあるんです」
「そうか。じゃあ、やってみようかな?」
幾つか提示された内容は、危険度は低いが、重労働だ。
下水道の清掃。煙突の清掃。引っ越しの手伝いなど。
労働者の
「どれも今一つだな」
アラタはやりたくなかった。
「そうですか。下水道の掃除なんかは、拾った物は本人の物になるんで、わりと人気なんですよ」
ごく稀に、お金や宝石が落ちてる事もあるらしい。
「それ、ホントに冒険者に人気なのか?」
「いえ、ほとんどやってくれません……大体、一般の方々が小遣い稼ぎに来ます……」
「町の依頼は、やりたくない内容と似たような物だし、採取クエストより収入が低くなるんじゃないか?」
本来なら、同じような収入になるのだが、アラタの採取クエストでの稼ぎが良すぎるのだ。
サラは通常なら、さっさと受付用紙を持って来て、手続きを済ますものを、全く動こうとしない。
「アラタさんは食事はどうしてるんですか?」
「俺は自炊が殆どだな」
「そうなんですか。外食は苦手なんですか?」
「いや、特にそういうわけでは……」と、仕事と全く関係ない話をしていた。
「ここは大都市なんで、美味しいお店も多いんですよ」
「そうか。まぁ、滞在期間も短いから調べて行く時間もないからな」
一ヶ月なんてあっという間である。そうこうする間にどこも行かずに時間だけが過ぎていくのだろう。
「あ、でも、もし良かったらですけど……」
サラが上目遣いで、少し頬を赤くして言った。
「コホン!」
上司が咳払いをした。
時間をかけすぎているのだ。
「あ、はいはい、採取クエストですね」
サラは焦って、申し込み用紙を用意する。
イズミは上司を睨んだ。
(こいつ分かってないな。サラが頑張って誘おうとしたのに)
上司はイズミにひと睨みされてのその意味も分からずにビビっていた。
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