第79話 キョウキとの決闘

「えらく調子いーじゃねーか」


 取り囲んだギャラリーから、ひときわ荒々しい声で乱入する男がいた。

 アラタのチクリによって、ギルドランクを落とされたキョウキである。

 殺意に満ちた目で、アラタを睨んでいた。

 その凄まじい殺気に、わいていたギャラリーがしんと静まりかえった。

 自分を睨み付けてくるキョウキを見て、アラタはひと悶着あると思った。

 ギルドランクが落とされ、慰謝料も強制的に払わされた。

 それが勇者である自分の証言によるものだと、知ったのであろう。

 ルスドと同じように、キョウキは皮手袋をアラタにむかって投げた。


「俺様もそれに参加するとしよう」


 残忍な表情をうかべながら、キョウキはアラタに決闘を申し込んだ。


「決闘は参加自由じゃないんだよ……」


 アラタはうんざりした。サラの問題はひとまず片付いているので、ここは断るべきだろうか。

 だが、新しい挑戦者にギャラリーはどよめいている。

 ここで水を挿すのは得策ではないのかもしれない。

 冒険者はこういった荒事が好きだ。決闘を申し込まれて辞退するなど、今後の自分の立場も悪くなると思われた。


「俺様はこの女をかけて勝負したい」


「あ、アラタさん……!」


 ギャラリーの中から、キョウキの取り巻きに拘束されたミンファが出てきた。

 それを助けようとしたロイズは、ミンファ……! と駆け寄ろうとするも、もう一人の取り巻きに頭を押さえつけられて地べたにうつぶせに倒された。


「もうひと勝負といこうや。アラタ。ミンファをかけて俺様と戦え!」


「キョウキ、まだ諦めていないのか。ミンファは嫌がっている。それにこれは俺たちの問題だ。決闘は受けてやるから彼女を解放してやれ」


「そうはいかねぇ。俺様はこの女を手にいれたい。俺様はこういう勝ち気な女をねじ伏せるのが、たまらねぇからよ」


 キョウキは拘束されたミンファの顎を掴む。


「アラタさん……は関係ないでしょ……?」


 アラタを巻き込みたくないミンファだが、その瞳は怯えていた。


「だいたい俺は女性をかけて勝負することに反対だ。彼女たちは物じゃないんだ」


「別に良いだろう? 冒険者に法律なんてねぇよ。抱きたい女は抱くし、あちこちに自分の子供がいる冒険者なんて結構いるしな」


「良くねーよ……責任とれよ」


「で!? どうすんだ?! やるのかやらねえのか! ハッキリしろよ! お前が逃げたら俺様の不戦勝になるぞ?」


「分かった。やるよ」


 アラタはキョウキの挑発を受けた。結局、ここで問答を繰り返しても意味はない。

 お互いの意見は平行線を辿るだけ。力で示すしかない。

 勝った方に従うまでだ。

 ルスドの木剣を拾ってキョウキに投げて渡す。

 アラタは自分が勝ったとしても、サラもミンファも自分の女にしようなどとは考えてはいなかった。自分と彼女達では、釣り合いがとれないだろう。

 せいぜい彼女達に降りかかる火の粉を払ってやろうという気持ちしかなかった。

 そんなアラタの意図をミンファは知るよしもない。彼女はアラタが自分のためにキョウキと戦うという状況に驚いていた。


「アラタさん。私のために……」


 ミンファは動悸が激しい。

 先ほどのサラの一件はショックではあったが、今度は自分のために戦うアラタに心が激しく揺さぶられていた。


「ぶっ殺してやる! 後悔しても遅いぞ! 勝てばミンファは俺様のモノだ!!」


 キョウキは目が血走っている。周りの冒険者が恐れている男なのだろう。キョウキの覇気にギャラリーは息を飲む。


(元ギルドランクAか……)


 自分もそれなりに経験を積んできたつもりではあるが、果たして対処できるか分からなかった。

 ギルドランクが落とされたとはいえ、それは書類上の話である。

 実力まで落ちるわけではない。


「始め!」


 キョウキはその号令と共に、アラタに自分の木剣を投げつけた。


「?!」


 アラタはそれをカツンと自分の木剣を当てて弾いた。

 弾かれた木剣は、くるくると空中を舞う。

 キョウキは素手でアラタに突進する。


「何だっていうんだ?!」


 武器を投げ捨ててどうするのか。


「ぐははははは! 死ねーー!」


 キョウキは腰の実剣を抜いた。元より模擬戦などやる気はなかったのだ。

 キョウキの剣撃はアラタの木剣を真っ二つにして、そのまま首にまで到達せんと見えた。

 誰もが、アラタの死を確信した。


 だが、その剣はアラタの頭と胴体を二分する事はなかった。

 アラタは一瞬で、数メートル後ろに移動した。

 風魔法の【風滑】を使ったのだ。

 アラタは自分の短くなった木剣を手放す。

 右腕を掲げた。

 空中を舞っていたキョウキの投げた木剣が、その手におさまる。


 アラタはイザベラの言葉を思い出していた。

 降りかかる火の粉は払わねばならない。


 ──そうか。こいつも降りかかる火の粉なのか──


 アラタの中でカチリと何かが鳴った。

 一瞬、アラタの視界は、全ての色がネガフィルムの画像のように反転した。

 ステータス画面上で、【剣士】が【剛剣士】に変わった。


 ──何だ? 何かが……?


 自分の剣士としての能力が大きく変わったのを感じた。

 自分は木剣でもキョウキに対抗できる。

 それは、自惚れでも何でもなく、確信に近かった。

 アラタはキョウキに無遠慮に近づく。キョウキはアラタに剣を振り下ろす。

 ルスドとは比べ物にならない剣撃だ。当たれば即死であろう。

 なるほど他の冒険者が恐れるわけだ。

 アラタはヌルリと剣を突き出す。キョウキの鬼気迫る剣撃に対し、アラタのそれはあまりにも緩慢だ。

 見ていた多くの者はアラタの死を疑わなかった。

 だが、届いたのはアラタの剣であった。

 木剣はキョウキの肩部分のプレートメイルを貫通して突き抜けた。キョウキの肩の後ろから木剣が出てきた。あり得ない光景だ。

 キョウキはぐるりと白眼を剥いた。

 アラタはそのまま片手で剣を掲げる。巨漢はそれごと持ち上がった。夢でも見ているようだ。細身の男が巨漢のキョウキを片手で剣ごと持ち上げている。

【剛剣士】は剣を介していれば、剛力が発揮されるスキルだ。

 アラタはそのままぶん投げた。剣からキョウキの身体がすっぽ抜け、建物の壁に激突した。

 重症だが死んでいないだろう。

 アラタはイザベラの言葉を思い出し実践しようとしたが、やはり甘さが抜けなかった。

 それでもアラタの強さは尋常ではないのだろう。

 もう、誰もアラタに刃向かう者はいなかった。

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