第78話 ルスドと対決する

「ルスドさん、アラタさんは勇者です。勇者を殺害したら貴方は法廷にかけられますよ」

 これはさすがに無視できないと思って、イズミはルスドに忠告した。


「は! 勇者は特別ってか?」


「そうです。勇者は魔王討伐の大事な中核を担う戦力です。それに危害を加えれば罰せられるのは当然です。ましてやルスドさんは魔王討伐の旅に同行する冒険者ですよ。事と場合によってはその権利を剥奪されるおそれもあります」


 それだけでは済まないかもしれない。


「んなこたぁ、分かってんだ。だったら、これでいいだろ?」


 ギルド内の壁に立て掛けてある木剣をアラタに投げて寄越す。アラタはそれを受け取った。

「模擬戦って事にすればいいじゃねえか」

 ルスドはアラタに同意を求めた。


「ルスド、言っておくが、木剣でも命を落とす可能性はあるぞ?」


 アラタはクロエとの対戦を思い出す。あの時は死にかけたのではなかろうか?


「そんときゃそん時よ」

 ルスドの瞳に残忍な色が見え隠れする。


(やはり、ルスドは俺を殺りにきている)

 アラタは、喉がごくりとなった。


「お! ルスドの奴、剣を握るのか」

「久しぶりに見るな。アイツは盗賊に鞍替えする前は剣士だったからな」

「こりゃあ、見物みものだぞ」


 口々に情報を教えてくれる冒険者達だ。アラタは改めてルスドを見た。剣を素振りするルスドはさまになっていた。


(ランクBのルスドと、ランクFの俺で勝負になるだろうか……)

 今さらながら不安になってきた。


 緊張の面持ちで、木剣の感触を確かめるアラタを、ルスドは盗み見る。


(へ! 怯えてやがる。アラタがもし死んでも事故という事にして片付ければ、問題ないだろう。他の冒険者達も口裏を合わせて味方してくれるだろうしな。アラタの味方など冒険者の中にいるわけねぇ)


 それでもルスドがアラタを怪我させれば、国から処罰される事は考えられた。

 だがこの時のルスドは冷静ではなく、周りの冒険者達もこの事態に熱を帯びていた。結局ならず者の集まりなのだ。


「木剣で大丈夫だと思いますか?」

 サラはイズミに話しかけた。


「さあ。でもこれ以上はどうにも出来ないし。吹っ掛けたのは、ルスドさんだしね」


 イズミとサラはアラタが負けるとは微塵も思っていなかった。人食い狼の素材をソロで納める冒険者はこの冒険者ギルドには殆どいないからだ。

 決闘を止めはしたが、元々ならず者の集まりである冒険者をいさめる事など出来はしない。

 ギルドの受付嬢は受付嬢でしかない。冒険者をコントロールする事など不可能だ。

 イズミは、ルスドを注意したが、それはルスドに実剣で決闘しないように促すためでもある。死ぬのはルスドの方だからだ。

 ただ当事者であるアラタだけは、自分の実力が分かっていない。

 表情を見ると緊張しているようであった。

 サラはそんなアラタを見て、おや? と思い声をかけた。


「アラタさん。もしかしてとは思いますが。負けると思ってますか?」


「え? だって、ギルドランクもレベルも負けてるだろ?」

 サラもその発言に驚いて、アラタを見た。サラは確かにアラタに危ない事はしてほしくないと思っているが、アラタが弱いとは思っていなかった。

 サラはアラタが異世界から召喚されたばかりの勇者である事を思い出した。そしてこの世界の事をまだそんなに知らないのだと考えた。


「アラタさん。言っても分からないと思いますが、私はアラタさんがルスドさんより強いと思っています」


「え? それってどういう……?」


「戦えば分かると思います。それとルスドさんに対しては手加減して下さい。下手をすれば殺してしまいます」


「マジで?!」


「はい。イズミ先輩はルスドさんに木剣を使うように促しましたが、それはあくまでルスドさんのためにやった事です」


「いやあ、手加減しろって言われても……」

 負けるかもと思っていたアラタはわけが分からなくなった。


 ◆◆◆


 審判をかって出た冒険者が「両者前へ!」と号令をかける。

「構え!!」と言われてアラタは正眼に構えた。

 風滑ふうかつを使えば、先手を取れるだろう。だが、光属性と公言している以上、風属性の魔法は使えない。【103号】も見ているだろうし、剣術のみで勝負するべきだろう。アラタはルスドとの対戦に緊張していたが、脅威を感じなかった。

(恐怖心がないのは、相手に脅威を感じないから?)


 ルスドはスキル【剣士】レベル6だ。凡庸な剣士である。だが盗賊としての才能が開花して、ギルドの冒険者の中でも目立つ存在になった。

ルスドはアラタがクロエに訓練で瞬殺されているのを目撃している。

(アラタは剣士としてはたいした事はない)

 にたりとルスドは笑う。要はアラタをなめていた。

 一方のアラタは、改めてルスドと対峙してみて、サラの言った事に、なるほどと思った。

 クロエと対峙した時程の脅威プレッシャーを感じないのだ。


(いける気がする!)

アラタは心に余裕ができた。


「始め!」


 合図と共にルスドが、剣撃を放ちアラタは半身をずらしてそれをかわす。隙が出来たルスドの腕に一撃を見舞う。

「あだっ!!」

 ルスドは激痛で剣を落とした。アラタは数歩下がって構える。

「ば、バカな……!」

 ルスドは震えた。

 アラタは油断なく構える。

 ここでルスドの頭に一撃を食らわせれば、それで終わるのだが、ルスドの人生も終わってしまう可能性もある。

 それくらいにルスドは無防備だった。

 アラタに打ち付けられたのが、余程ショックと見える。


(これは、サラさんのいった通り、手加減しないとルスドを殺してしまいかねないな)


 右腕を抑えて呻くルスドにアラタは

「剣を拾うんだ、ルスド。それとももう終わりか?」

 と挑発した。

「……っぐ!」

 ルスドは震える手で木剣を拾う。アラタは数歩進み、ルスドの腕に剣を見舞う。

「……!!」

 今度は声も出ないらしい。木剣を再び落とした。


「勝負あったな。俺の勝ちだ」


 アラタは剣を掲げた。ギャラリーは沸いた。

 結局、強いものが支持されるのだ。


「バ、バカな。そんな筈は……」

 ルスドは屈辱のあまり震えた。

 腕は紫色に腫れ上がり、裂傷がおきていた。

 今まで自分が歩んできた、冒険者としてのキャリアを、全て否定された気になる。


「く、くそ! 何でお前が……」


 ルスドは剣を掴む。冒険者で一攫千金を。若くて可愛い女を。それがルスドの夢だ。


「俺が、どんな気持ちで冒険者をやり続けたと、思ってんだー!!」


逆の腕で木剣を拾い、渾身の力で突きを放つ。

それは文字通りルスドの今までの冒険者人生をかけた、思いの丈の攻撃であった。

 だが、あっさりとその一撃をアラタは避けた。


「ルスドの思いは分からない。だけどサラさんが困ってるんだ」


 アラタは剣の柄をルスドの腹にめり込ませる。ルスドの身がよじれた。


「ぐふっ!」

 と呻いて、ルスドはその場に顔面から落ちていった。

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