第77話 アラタ、花をプレゼントする

 アラタはコルネラの玄関の外側に、転移のマーカーを付けた。これでコルネラの家まで、簡単に行くことができる。

【爆砕の魔石】は仕掛けられていないという事で一安心だ。

 アラタはスラムを抜け、通りを歩く。

 夕方になっていた。クロエに毎日の活動報告をすると約束していたので、彼女の自宅に向かう。

「一度、食堂で食材を分けてもらうか」

 アラタはディナーのメニューを考える。

 何だかんだとクロエに会えるのは嬉しかった。金髪の美女に会うのを嫌がる男はいないだろう。


 ◆◆◆


「お兄さん、お花はいかが?」


 自分に話しかけられたと思い、アラタは立ち止まった。キョロキョロと見渡したが、声の主は見当たらない。


「あれ?……空耳か」


「こっちだよ。こっち」


 下から声がしたので、見ると小さな女の子が花を持っていた。

 小さいと言っても、アラタの胸より少し下くらいの背丈である。

 小学生の年長組くらいかと思われる。


 七日白蘭華なのかはくらんかを持っている。みすぼらしい格好をしたスラムの女の子が花を売り歩いているのだ。

 保護者に働かされているのではないか、とアラタは考えた。

 アラタは子供に好かれるタイプなので、施設では面倒をよく見ていた。

 孤児院の女の子を思い出す。


「貰おうかな」


 十リギルで一輪購入した。花にしては高額である。自炊なら数食用意できる。

 多分元締めか、保護者に搾取されるだけであろう。

 アラタは気持ちとして買った。偽善と言われたらそれだけの事かもしれない。


「ありがとう」


 女の子はホッとしていた。売れないと怒られるのだろう。アラタは彼女の頭を撫でる。


「いつもこの辺で商売してるのか?」


「違うよ。今日は、たまたまここまで来たけど、いつもはスラムの大通りにいるんだ」


 売れなくて、ここまで来てしまったのだろう。


「そうか。もうすぐ暗くなるから帰るんだ。家の人も心配しているだろう」


 アラタは帰宅を促す。


「うん」


 女の子はアラタの顔を見上げてから、家の方に走っていく。


「もし、また売れなかったらギルドの前で待ってるんだぞ!買うから!」


 アラタは甘いなと思いつつ、その小さな背中に声をかけていた。女の子は振り替えってニコッと笑って帰っていった。


 手には一輪の七日白蘭華なのかはくらんか。そして目の前には冒険者ギルド。アラタはギルドのドアを開けた。


 ◆◆◆


「困ります!」


ギルドに入ると否や、そんな台詞が耳に飛び込んできた。


「いいじゃねぇか。貰ってくれよ」


 ルスドが、七日白蘭華なのかはくらんかの花束をサラに押し付けている。


「私、花とか興味ないんです」


 サラは迷惑そうに言った。受け取ったら勘違いされるだけなので、断固拒否するしかなかった。


「ちっ!」


 ルスドが舌打ちする。


「なんだ。サラさん、花は迷惑なのか」


 アラタの声にサラは反応した。


「アラタさん」


 ぱぁっと、顔色が明るくなった。その変わりようを見たルスドは面白くなかった。

 アラタは手に持った一輪の七日白蘭華なのかはくらんかを見る。ルスドの花束に比べれば見劣りしている。いつも世話になっている感謝の意味で渡そうと思っただけのアラタだ。

 サラはアラタの手に持った花を見た。そして、顔が赤くなっていた。


「い、いえ。そんな事は……」


 サラは受付カウンターからアラタの所まで小走りでかけてくる。アラタの前にちょこんと立って、


「もしかしてその花は……」


 サラが上目遣いにアラタを見た。瞳が潤んでいた。


「うん。サラさんに……と思ったんだけど、興味ないみたいだし」


「いえ、いただきます!」


 くい気味でサラはアラタの手を取った。サラの手は柔らかく、そしてほんの少し冷たかった。アラタはドキドキしながらも花を渡した。


「嬉しいです。ありがとうございます」


 サラの満面の笑み。

 アラタはやっぱり女性って花が好きなんだなと思った。

 サラとアラタの間に誤解がある。この花を渡す意味を知っているか知らないかである。アラタは知らないが、サラは知っていた。


「あの、ちょっとこっちへ」


 そう言ってサラはアラタの手を引いてギルドの外に出た。

 中では人の目があるからだ。外は少し薄暗くなっていた。


「私の気持ちは……」


 そう言ってアラタの頬にキスをした。サラのフワッとしたいい香りがアラタの鼻をくすぐり、アラタは突然の事にドキドキしていた。

(この前もクロエにキスされたな。あの時は口だったけど)

 こちらの女性達は、花をプレゼントされたらキスでもする習慣でもあるのではないか? と思った。

 確かにルスドのような年配の男性にキスをしたくないなら、受け取りを拒否するのかもしれない。

 だが事実は、七日白蘭華なのかはくらんかは告白に使うアイテムで、サラがアラタの頬にキスをしたのは、あなたの好意を受け入れるという意味である。


「ぐ、ぬぬぬ!」


 ルスドはサラがアラタの頬にキスするのを、窓のガラス越しに張り付いて見ていた。それは他の冒険者達もそうで、落胆の声が上がっていた。サラは冒険者の間で人気の受付嬢である。

 それが、最近やってきた新参ものの男に持っていかれたのだ。

 ルスドは、嫉妬も相まってドアを勢いよく開け放つ。

 アラタとサラは驚いてそれを見た。

 嫉妬に狂った男の表情を張り付けた顔。ルスドは皮手袋を外すと、それをアラタに投げつけた。アラタはきょとんとしていた。


「決闘だ」


 ルスドはそう言い放つ。


「はい?」


 全くもって意味の分からないアラタだ。


 皮手袋を投げつけて、決闘を申し込む風習がルスドの生まれ故郷にはあった。

 それは婚約の決まった男女がいて、他の男がその女性を好きなら決闘を申し込み、勝てばその女性を自分のモノに出来るというのだ。横恋慕に都合が良い。

 自由恋愛の今では、その風習も無くなっていた。そんな衰退した風習をルスドはやろうと言うのだ。

 それを説明されたアラタだが、


「そもそもサラさんは俺のものじゃない。それを俺から奪うってどういう事だ?」


「うるせえんだよ、てめぇは! だったらその女は俺の好きにしていいんだな?」


 サラはアラタの腕に自分の腕を絡め肩越しにアラタを見る。アラタはサラの不安そうな表情を見た。瞳が潤んでいた。やるしかない。


「分かった、ルスドの申し出を受けよう」


 荒事の好きな冒険者達が、わっ! と歓声を上げた。たちまち、どちらに賭けるかなどと、賭博が始まった。

 アラタは花をプレゼントしただけで、大事おおごとになってしまう自分の不幸を呪った。確かにコルネラの占いの通り、アラタは前途多難な人生であった。

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