第76話 密談

 大聖堂の一室。限られた人物しか入れない場所がある。そこに三人の人物が椅子に腰かけて話していた。


「それで、アラタって奴はどうなんだ?」


 剣聖アイザック・グローリアが大魔法使いゲイリー・オズワルドに尋ねる。


「人食い狼をソロで討伐しておるから、A級の冒険者とみて間違いないな」


「A級?! はっ! 奴らを召喚して半月だぞ。前回の勇者は三ヶ月も訓練してそこに届いたってのに」


 剣聖は十二年前の勇者と、二十四年前の勇者に関わっていた。大魔法使いも同様である。


「彼が規格外ってことだよねぇ。僕としては嬉しい限りさ。前回の訓練の記録が今回生かされてるのかもしれないよねぇ。あ! でもアラタって訓練にあまり参加してないんだったな。って事は彼は自分で強くなったんだねぇ。偉いねぇ」


 うんうんと、一人で納得しているカナリン・シュリンプスだ。彼女が腕組みすると、巨乳がムニッと押し出されている。

 三人は勇者召喚されてから久し振りに話し合いの席に着いた。悪巧みの席であるともいえる。


「一人で納得してんじゃねぇよ。問題はアラタをコントロール出来るのかって話だ」


 剣聖は足で床を叩いた。ダンっと大きな音が鳴った。そんな事で驚くような二人ではないが、剣聖が苛立っているのは分かる。


「103号の報告だと、ギルドのクエストを真面目にこなし、図書館で勉強もしてるそうだ」


 ゲイリー・オズワルドが情報を伝える。


「勤勉ですねぇ。彼の急成長もそぉいう真面目な性格ゆえの結果だろうねぇ」


 また一人で納得しているカナリンだ。


「腹の底では何を考えてるか分からねぇだろ」


 剣聖はジロリとカナリンを睨む。その鋭い視線をモノともせず、


「それは君の事だろぉ? 剣聖。魔王退治の戦力である異世界の勇者は欲しいが、異世界の一流の冒険者はいらない。何とも矛盾した話だねぇ。旅に出れば誰しも冒険者だよぉ? 仮にアラタが冒険者になったって僕は構わないよぉ? 君は嫌だろぉけど?」


「うるせぇよ」


 剣聖は苛立ちで貧乏揺すりをしていた。器の小さい人間。それがカナリンの彼に対する評価だ。彼は自分より優秀な冒険者が出現するのを心底恐れていた。自分の地位を脅かす存在が許せないのだ。そのために過去、討伐チームを抜けた勇者を探し出しては殺害していた。


「もしアラタが自由を主張するようなら処分しねぇとな」


 剣聖は暗い瞳を光らせる。その目は狂気に満ちていた。


「まぁ、待て」


 ゲイリー・オズワルドが止める。


「何だ? ゲイリー。文句があるのか? お前だって自分より優秀な魔法使いが出て来たら嫌だろうが」


 確かに二人共、現在の地位は冒険者としての強さ、優秀さからである。二人以上の人材はこの国にはいない。だが、ゲイリー・オズワルドはそこまで今の地位に固執していない。


「もし処分するなら実験台になって欲しいわい。そっちの方が有意義じゃろ?」


 ゲイリー・オズワルドはアラタを研究材料として消耗したいのだ。研究心が倫理観を勝っている彼もまた狂人であった。


「二人共、イカれてるねぇ」


 カナリンはあきれていた。


「お前に言われたくねぇよ。前回レベル20以上に上げれば生活スキルが取得出来ないから上げさせようって言ったのはお前だぞ? それに首に爆砕の魔石を仕掛けるのもお前の発案じゃねぇか」


 剣聖がくさす。カナリンは項垂うなだれて、

「それは言わない約束だろぉ? 僕は十八歳の設定だよぉ? 前回関わってたら、何歳だって言うんだよぉ?」


 ぐるりと頭を上げたカナリンの瞳から光が消えていた。剣聖も大魔法使いも黙る。ここにいる三人はお互いに力は互角で、どちらが死ぬか分からないからだ。カナリンが怒れば、戦闘になる。彼女には我慢という言葉が欠落している。仮に剣聖と大魔法使いが共闘しても、腕の一、二本は持っていかれるだろう。

 得にならない戦闘は御免被ごめんこうむる。


「まぁ、いいさ。元々は君達が勇者が冒険者になるのが嫌だって言うから、僕がアイデアを出したまでだよぉ? さっきも言ったけど僕は彼らが一流の冒険者になったって構わないんだからねぇ。でも今回は爆砕の魔石は仕掛けられなかったなぁ。僕のスキル【催眠・強】は、騎士や王女に効いたけど、王女は勇者を敬愛してるからねぇ。催眠が効いてても、それだけは許さなかったなぁ」


 催眠は本人が本当に嫌な事はさせる事が出来ない。レベル20まで上げさせる指示は出来たが、それ以上の事はさせる事が出来なかった。


「まぁ、アラタはクロエに気があるようだからねぇ。クロエを旅に同行させれば大人しく付いて行くかもしれないねぇ」


 カナリンはアラタを観察対象として気に入っていたので、剣聖に処分させるのは避けたかった。今のアラタでは剣聖に勝てないと見ていた彼女だ。


「はっ! あんなもんが……」


 剣聖は悪態を付いた。


「あ?」


 カナリンが真っ黒い瞳で剣聖を見る。それは剣聖の次の発言を観察しているのだ。事と次第によってはここで殺し合いになるという。


「……」


 剣聖は黙る。気が強い剣聖でも命を落とすかもしれないやり取りは避けたい。


「もういいだろ? ここまでにしておこう」


 ゲイリー・オズワルドがそう切り出すと、今回の話し合いは終了した。


◆◆◆


 剣聖と大魔法使いがいなくなった一室で、カナリンはぶつぶつと文句を言っていた。


「全く剣聖も分かってないねぇ。クロエのような純粋な美女は中々いないよぉ? 勇者と女騎士の恋愛物語ってのも観察しがいがあるってのにさぁ。アラタももっとグイグイ押せばいいのに……」


 観察が趣味のカナリンはその妄想に浸っていた。

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