第75話 アラタ コルネラの住居に行く

 スラムへ向かう。103号が尾行しているのには気づいている。

 整備されていない入り組んだ道を進む。

 雑踏する通りに出た。ここがスラムの大通りにあたる道だ。据えた匂いがした。道は泥でぬかるんでいる。

 イザベラの話によると大通りに面した酒場に情報通のマットがいるという話だ。

 ある程度の謝礼は必要であろう。アラタはギルドカードから少し現金を引き落としていた。


「おや、これはこれは。アラタ殿ではありませんか?」


 後ろから、声をかけられて振り向いた。


「あ、この前はどうも」


 三人の従者を従えて、宰相のカル・ケ・アルクが立っていた。


「奇遇ですな」


「そうですね。でも何故こんなところに?」


 アラタは不思議であった。


「いえ、実は私はスラムの出身なんですよ。ここだけの話ですが」


 それは驚いた。スラム出身の人間が宰相になるなどとは、まるで映画にでもなりそうな話だからだ。


「そうなんですか。それは大出世ですね」


 アラタはお世辞ではなく本気で感心した。


「いえいえ、運が良かっただけです」


「実力がなければ、どう考えても無理ではないですか?」


「はっはっはっ。これは嬉しい限りです。勇者様に誉められるなどと」


 宰相カル・ケ・アルクはご満悦である。


「私は孤児院の出身なんで、そういったサクセスストーリーが好きなんです」


 自分もいつかは……! と希望を持って生きてきたが現実は厳しいものだった。


「……ふむ。なるほど……」


 宰相カル・ケ・アルクは顎をさする。


「もし何かあれば、私に相談して下さい。お力添えを致しますゆえ」


 大仰な仕草でカル・ケ・アルクは答える。

 アラタは「えー、その節は宜しくお願い致します」と頭を下げた。


「それで、アラタ殿は今日はどういった用事でここへ?」


「えーとですね」


 アラタは目が泳ぐ。カル・ケ・アルクも国側の人間である。

 彼のサクセスストーリーには興味があるが、信用できるとは言いがたい。

 すると、カル・ケ・アルクは

「なるほど、アラタ殿も男ということですな」

 とニヤリとした。


「え? それはどういう……」


 後ろの従者が横を見ている。なんだろうと思い、そちらを向くと、エッチなお店に通じる細い道があった。

 奥の路上では、ストリートガールが手招きしている。

(え? いや、誤解されているのでは……)

 だが、誤解を解いた場合、先程の質問に答えねばならない。


「モランジャ、彼にあれを……」


「は!」


 カル・ケ・アルクに指示されて、男性の従者がアラタの前に出てくる。

 そして胸ポケットから、一枚の札を出してきた。


「これは?」


 アラタが受けとると、カル・ケ・アルクは説明する。


「これを店の人に見せてください。そうすれば、より良いサービスを受けれますので。いや、こう見えて私はこの辺りでは顔でしてな」


 はははは。と笑うカル・ケ・アルクだ。


「はは……」


 渇いた笑いをアラタは返した。後ろの従者には女性もいる。

 白い目で見られている気がした。

「はははは、たまには発散もよろしいですな!」

 去っていく彼らをアラタは見送る。

(うわー。誤解を解きたいわー)

 だが、そういうわけにもいくまい。アラタはプレゼントされた札を握りしめる。

 ストリートガールと目が合うも、アラタは、たははと頭を掻いて、その場を退散した。


 ◆◆◆


「ちょい、そこの人」


 しばらく歩いていると、声をかけてくる者がいた。

 それはスラムで出会った、いつぞやの占い師の老婆であった。


「何か?」


「見てしんぜよう」


 またか……。以前の占い結果を思い出した。だが、もしかしたら、あの時よりは成長しているはずだし、占い結果が変わっているかもしれない。アラタは席に着いた。


「兄ちゃんの事はよう覚えとるよ。気になっていたんじゃが。どれ」


 そう言って老婆は水晶に魔力を込める。


「おお!」


 老婆は呻く、アラタは今度こそ良い占い結果が出るようにと願う。占いを本来信じるタイプではないが、ファンタジーな世界であるから、こういう占いがバカに出来ない可能性があった。


「ほんの少しマシにはなっておるが、やはり将来は暗雲立ち込めておるな。相変わらずヘタレで普通の男だし」


 アラタはガクッとした。


「マシって何が?」


「幸運とかの微量な加護が付いておるな」


 アラタには心当たりがあった。ソフィア王女が加護を付けてくれたのだ。


「まぁ、多少は物事が優位に運ぶかもしれんな。この大きな邪な渦も努力次第ではね除ける事も出来るかもしれんが……」


「ろくな占いじゃねー!」


 思わず叫んでしまう。通りの人たちにじろじろ見られてしまった。

 ゴホン……! と咳払いをする。


「よければ、もうひとつ、占って欲しいのだけど」


 アラタは気を取り直して、別の話をする事にした。


「何じゃ?」


「コルネラという女性を探している。元【勇者の人権を守る会】という組織の発足者らしい。どの方角にいるとか分からないか?」


 占い師は目を見開いている。驚いている様だ。


「それは占う必要はないな」


「何故?」


「それは、わしの名前じゃからな」


 今度はアラタが驚いた。【王女直属騎士プリンセスオーダー】の加護がアラタを導いているのかもしれない。


「この幸運。王女が俺達をめているとは思えないな」


 アラタはソフィア王女が授けてくれた加護にありがたみを感じる。結局、情報通のマットを探す必要が無くなったのだ。


 ◆◆◆


 コルネラの自宅は入り組んだ家と家の間の細い通路の地下に降りる階段の先にあった。

 地下に自宅を構えている上にそこまでが迷路の様になっていたので、もしかしたら情報通のマットでも知らないかもしれなかった。


「みたところ用心深く身を隠してるのに、なんで俺に身分をあかしたのですか?」


 アラタは不思議に思った。


「兄ちゃんは勇者じゃろ? 召喚されたばかりのもんが、わしをどうにかしようなどと思わんじゃろ?」


「まぁ、それはそうですが」


「ワシを探し出そうとするのは、何かあったんじゃろ?」


 占い師であるコルネラは観察眼が鋭い。アラタはトモヤの手紙の事をコルネラに話した。


「ほぅ。あのトモヤがそんな事を。どれ」


 そういうと、コルネラはアラタの首もとに手をやって、観察する。


「兄ちゃんの身体には何も仕掛けられてはおらんな」


「どうして分かるのですか?」


「わしは、スキル【レントゲン】を取得しとる。だから首には何も仕掛けられてないのが分かるんじゃ」


「それはまた、便利なスキルを……」


 ホッと胸を撫で下ろす。爆砕の魔石は仕掛けられていなかった。それはつまりソフィア王女やクロエに対する疑惑が無くなったという事でもある。

 元から疑う気持ちは無かったが、一安心だ。


「で、そのトモヤさんですが、今は何処に?」


 コルネラは腕組みして、しばらく目を瞑る。

 

「ちょっと、待っておれ」


 と、コルネラは別室に行った。

 アラタは待つ間、なんとなく室内を眺める。湿気が強く、壁もひび割れていて古めかしい。いかにもスラムの住居といった感じだ。

 戻ってきたコルネラは、ビンを持っていて、それをアラタに見せた。


「これは魔石ですか?」


「そうじゃ、これは爆砕の魔石じゃ」


 当時、勇者から摘出された石なのだろう。


「これはトモヤさんの首に入っていた物ですか?」


 アラタはそう思ったが、コルネラから返ってきた答えは意外なものだった。


「いや、これは別の勇者の首にしかけられておった爆砕の魔石じゃ」


「そうですか。で、トモヤさんは?」


「トモヤは死んだよ」


「死んだ…… 一体何があったんですか?」


「……」


 コルネラは口をつぐんだ。それは彼女が過去を思い出したくないからだとアラタは理解した。


「コルネラさん、俺はトモヤさんの残した手紙に導かれてここまで来たんです。コルネラさんにとって辛い話であっても、俺は聞かなければならない」


 だが、コルネラはかぶりを振る。


「わしは随分と長い事、この記憶に蓋をしておったからな。あの時代の事を、思い出すのは……」


 コルネラは手を握りしめる。思い詰めたその様子から事を急いでも録な事にはならないだろうと、アラタはさとった。


「分かりました。話せる時が来たら話してください。でも俺にはあまり時間がありません。なるべく早く決心していただけると助かります」


「……」


 コルネラから返事はなかった。

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