第80話 決闘の後
「アラタさん……!」
ミンファがかけよってアラタに抱擁する。彼女の甘い香りがアラタの鼻をくすぐった。その柔らかい感触に思わず、背中に手を回した。
周りは騒がしい。ピクリとも動かないキョウキを、観戦していた冒険者達が救助する。
「おい! 急げ!」
「キョウキさん!」
見物していた数人の冒険者が、アラタに負けたキョウキを担いで大聖堂の方へ連れて行く。
ルスドも腕の痛みから動けず、冒険者の手を借りて、大聖堂へ向かった。
「アラタさん、大丈夫ですか?」
ミンファが、アラタの顔を覗きこむ。アラタはここ数日のハードスケジュールに疲れきっていた。
「あー、大丈夫、大丈夫。それより怪我はないか? 乱暴されてないか?」
「私は何ともないです。こう見えて、結構頑丈なんです」
「そうか。とにかくこれで安心だな」
「はい」
顔が近い。ミンファは人懐っこいのだろうか。無防備が過ぎる。それとも自分を男として見ていないのだろうか。
「アラタさん」
サラがアラタに声をかけた。
ミンファはアラタからそっと離れる。
思わずアラタに抱きついてしまったが、サラの事を思うと、複雑な気持ちになった。
「トラブルに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
サラはぺこりと頭を下げた。
「いやいや、いつも世話になってるし」
アラタは手をわたわたとさせた。
サラはアラタに貰った
「あの、これ、大切にしますね」
サラは頬を赤らめた。
ミンファはそれを見てたまらず、
「あの! アラタさんはサラが好きなのですか?」
と尋ねた。
「え? 好き?」
アラタは呆けてしまう。確かに好意はあるが……。
「え? だって七日白蘭華を渡しましたよね?」
首をかしげているアラタを見て、この世界に来て間もない異世界人だということを、サラとミンファは思い出した。
花を渡して告白する風習など知るよしもないのだろう。
サラはその事に気がついて、がっかりしてしまったが、ミンファはホッと胸を撫で下ろした。
アラタは二人の様子にピンと来てなかった。
落ち込んだ様子のサラに、ミンファは不憫になってしまい、
「アラタさん、あのですね。この七日白蘭華を女性にプレゼントするという事はですね……」
と、それについて説明しようとした。
だが、その説明が終わる前に、アラタは、パタリとそのまま後ろに倒れてしまった。
「「アラタさん?!!」」
結局アラタも大聖堂に担ぎ込まれる事になった。
◆◆◆
103号はギルド前の建物の屋根から、こっそりとアラタの決闘を見て驚愕した。
あれほどの実力を持っているとは思いもしなかったのだ。
魔物と相対するアラタは見た事があるし、それがランクAに相当する冒険者の実力であると推測している。
103号の見立てでは、対冒険者には心理的な駆け引きもあり、すんなりとは運ばないはずだった。
「ランクSの冒険者並みじゃないか?!」
103号は頭を抱える。とんでもない勇者の担当になってしまった。
スキル【剛剣士】はランクAを越える冒険者だ。
冒険者の中にはスキル【剛力】を持っている者もいる。そういう冒険者は、前衛で怪力を思う存分発揮するというが、アラタのそれは全く異質な領域である。魔王やその配下を相手にするにはそれだけの力がいるという事。勇者の能力の片鱗を見た。
Sランクの冒険者は、王都では剣聖アイザック・グローリアと、大魔法使いゲイリー・オズワルドしかいない。
ギルドランクはランクAまでは鑑定できるが、それ以上を計る術がなく、それ以上の実力かある冒険者をランクSと総称している。
ランクSより強い冒険者は、ギルドでは管理できない存在である。どの国に行っても重宝される。アラタが冒険者となれば彼らと同等の扱い、身分が与えられるだろう。
この国に留まるなら、三つ目の勢力が出来るのだ。
ただこの三人にも強さに差はある。更に三人より強い存在もいる。
魔王やその配下である一部の魔族である。人智の及ばない強さを誇る存在は全てランクSS、またはランクSSSと称して
もちろん、他の勇者達もこれから先はランクSの強さになっていくのだろうが、アラタは今まで類を見ないスピードで成長して強くなっている。
「次の報告会で、どう説明すればいーんだ」
──何故、そんなに強くなった?──
──レベルが低いのに何故だ?──
正直なところ、根掘り葉掘りとゲイリー・オズワルドに質問されても、答えようがない。
また、自分は罰を受けることになりそうだ。
103号は自分の不運を呪った。
◆◆◆
「ほう、アラタ殿がギルドランクAの冒険者と決闘して勝利したというのか」
カル・ケ・アルクは、モランジャからの報告をうけ、ほくそ笑んだ。
「それほどの実力を短期間で、身に付けるとは。これは王女も、先見の明があると見える。しかし、これは捨て置けんな。はたして剣聖がどうでるか……あの男がアラタ殿が成長するのをこのまま放っておくなど、あり得んからな」
カル・ケ・アルクはぶつぶつと呟いて、考えに耽った。
ナージャとモランジャはその間、微動だにしない。次なる指示を待っていた。
暫くすると、カル・ケ・アルクはナージャの方を向いて、口を開いた。
「ナージャ、今後はアラタ殿の身辺を警護せよ。彼に気づかれても構わん。むしろこちらはアラタ殿の味方であると主張してもよい」
「私でよろしいので?」
ナージャはモランジャの方を見た。
戦闘力は彼の方がある。
「アラタ殿も男だからな。女人の方が警戒心も解けよう。なんなら籠絡してもらっても構わんが?」
カル・ケ・アルクは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「私にはそのような機能はありませんが」
ナージャは無表情に答えた。
「冗談だ」
「では、アラタ様の警護にあたらせていただきます」
ナージャは屋敷の窓から飛び降りていった。
「ふう」
カル・ケ・アルクはひと息つく。
「カル様、アラタ殿をどうしようと言うのです?」
モランジャが、疑問を口にした。彼にとってアラタという人物はとるに足らない勇者の一人に見えていた。
「いやなに、彼には何かあると感じているのさ。まあ、ただ強いだけなら、剣聖や、大魔法使いと変わらんがね。ちょっとな……」
そう言って、カル・ケ・アルクはナージャが飛び降りて開け放たれた窓辺に向かった。
カル・ケ・アルクの机の上は、今回召喚された勇者の資料があった。
カルにとって、特に目を引いたのはアラタの情報である。琴子とアラタの関係。
「手の届かない女がいるか……色恋ざたの悩みは異世界もこちらの世界でも同じようだな」
モランジャはそれに対して反応を示さない。
彼がその手の話題に疎いのは分かっている。
「あーいう男は、立ち上がった時には、一皮剥けるというものだ」
カル・ケ・アルクは、外の景色を眺める。
窓から風がそよいだ。すでにナージャの姿は見えなくなっていた。
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