第三章

第81話 アラタ、大聖堂に運び込まれる

 大聖堂には、司祭の他に治癒師が在籍している。

 治療院としての側面も持ち合わせているからだ。

 勤務は三人一組の三交代制で行われる。

 それぞれが八時間勤務で、この大聖堂では二十四時間治療を受けることが可能だ。


 夜も更け、聖堂内は点在する小さな灯りで照らさている。

 静けさの中、ソフィア王女は祈りを捧げていた。

 祈る姿は、女神のように美しく、現実ばなれした美しさにため息しかでない。

 夜間の当番である治癒師達は、それを陰ながら見つめる。

 見惚れるとはこの事であるが、相手の身分を考えればそう簡単に声をかけてはよいものでもない。

 アルフスナーダの国民のために祈っているのだ。それを邪魔してはいけない。そう男達は納得して静かに見守るにとどめている。

 そんな男達の気持ちなど、つゆとも知らないソフィア王女。


(アラタ様。どうかご無事で……)


 ソフィア王女はただアラタのために祈っているだけなのだ。

 とはいえそれが、勇者の身をただ案じている純真なる乙女のような気持ちからなるもの──といえば語弊がある。

 斜陽の王国アルフスナーダ。かつて栄華をきわめたこの国もすでにその国力を失いつつある。

 内政は思うままに進まず、腐敗の一途を辿る。王政は瓦解し、いずれ自分の身にまで危険が及ぶであろうことは容易に想像できた。

 生まれたときから、王女であった。

 私のような人間は、こっちの世界で生きるしかない。

 アラタを王女直属騎士プリンセスオーダーにしたのも、自分が生きるため──。

 ふっ、とソフィア王女は自嘲した。

 私は純真無垢な女ではない。利用できるものは何でも利用する。

 でなければ王女なんてつとまらない。

 ソフィア王女は、自分のためにも祈っているのだ。


 ───! こっちだ──

 ──何があった?!──

 ゾロゾロ とせわしない足音がして、アラタとの決闘で負傷したルスドとキョウキが担ぎ込まれて、騒がしくなった。

 治癒師達は、早速治療に取りかかる。


「あら、私も手伝いましょうか?」


 ソフィア王女が声をかける。

 

「いえ、王女の手を煩わせるわけには……」


「ですが……」


「この程度の負傷であれば、我々で充分です。王女はどうぞご自分の事をなさって下さい」と治癒師は王女の助力を遠慮した。

 あわただしく、負傷者を診療所につれていくのをソフィア王女は静かに見送った。


「そういう事でしたら、私はもう少しお祈りをするとしましょうか……」


 そうしてソフィア王女はアラタのために祈る。

 現金な話だが、冒険者の治療よりもこちらの方が自分にとっては大事である。

 助力を申し出たのだって、治癒師としてのスキルをもった者の義務感からであった。

 王女直属騎士〈プリンセスオーダー〉となったアラタのために祈れば、彼にはいくつかの加護が付与される。

 自分のためにも祈る。

 この祈りは自分の保身から出た祈りの筈だ……。

 そう、ソフィアは考える。

 しかし、アラタのことを考えていると、それだけではない、自分の胸の奥にざわざわとした感情がくすぶっているのも感じていた。


 ふむ。クロエの事をからかっているうちに。

 ミイラ取りがミイラになったと?

 まさか……ね。

そんな事をソフィア王女が考えていると、またあわただしく怪我人が担ぎ込まれた。


「今夜は何かあったのかしら……やはり手助けした方が良さそうね」


ソフィア王女はいましがた運ばれてきた怪我人の方へ向かった。

 担ぎ込まれたのは、アラタである。

 意識の途絶えたアラタを運ぶ冒険者達の後ろから、サラとミンファもついてきていた。

 先程は治癒師に押し止められたソフィア王女であったが、アラタの姿を見て、今度こそはついていった。

我ながら現金な女だと思う。


アラタの治療にあたるのはまだ若い治癒師である。

経験も浅かろうと、ソフィア王女は一目で分かった。


「私が診ましょう」


 治療室に運ばれたアラタの治療をかって出た。


「ソフィア王女?! いや、しかし……」


 治癒師は動揺した。


「アラタ様は国の宝です。みすみす勇者様を失うわけにはいきません」


キリリとした有無を言わせぬ表情、毅然とした態度。要するにあなたでは力不足でしょうという事だ。「……」と治癒師は二の句が告げない。


「あなたはどうぞ、さきほどの冒険者の治療を手伝って下さい」


ソフィア王女は若い治癒師にほほえんだ。


「……」


多少ムッとしていたものの若い治癒師は、ソフィア王女のほほえむその美しさに毒気を抜かれてしまった。


「どうかなさいましたか?」


ソフィア王女は首をかしげる。まさか自分にみとれているとは思わない。


「は、はい! では宜しくお願い致します」


はっとして、仰々しく頭を下げ、席をソフィア王女に譲った若い治癒師は、顔を真っ赤にして部屋を出ていった。


「さてと……皆さん、ここは私に任せて、出ていってください」

 

 そう言って、ソフィア王女は、その場に残っているサラとミンファを見る。


「いや、ですが……」


サラとミンファはアラタが心配で動こうとしない。


「治療の邪魔です。それともあなた達にできることでもあるのですか?」


 そう言われては引き下がるしかない。人払いを済ませると、面会謝絶です、そう言って、内側から鍵をかけた。

 さらに念のために魔法による【ロック】もかけた。

驚くほどの念の入りようである

 これでこれから行われる事を、他人に見られる事はないだろう。

 まずソフィア王女はアラタの衣服を剥ぎ取った。


「外傷は無いようね……」


 ソフィア王女は自身のドレスを脱ぎ、一糸まとわぬ姿になった。

 そっとアラタに自分の肌を重ねる。

 ソフィア王女の持つスキル【慈愛の治癒師】は肌を重ねることで、より詳しいアラタの病状を診断することができる。

 結果は単なるであった。


「ふむ……」


 そうなると、慈愛の治癒師のスキルを使う必要性などはない。

 栄養剤を与えて、しばらく安静にさせておくくらいで良いだろう。

 だが、ソフィア王女は、そのままアラタのベッドに潜り込んでしまうのであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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