第92話 103号
月が雲に隠れた闇夜である。
漆黒のなかで火花が散る。
マントが舞い、お互いの暗殺術を繰り出す二つの影。
コルネラの住居入り口の向かいの建物の屋根からアラタを監視していた103号は、屋根づたいに走る怪しい者を見つけた。
それは情報として持っていたダルバリス国の間者の一人であった。
大魔法使いゲイリー・オズワルドから、見つけ次第殺せとの命を受けていた103号は、アラタの監視をひとまず置いて、これを実行する。
「
103号は闇属性の間者であるが、魔法というのは素養さえあれば、他の属性の魔法も使える。自分の属性魔法の方が強力にはなるが、時として他の属性魔法も使う必要がある。
とはいえ、他属性の魔法を使えるのは血の滲むような修練の賜物である。
103号は、足止めとして火弾を使った。
気付いたダルバリスの間者は、こちらに見向きする。
103号は、一撃で倒せる攻撃魔法がない。どちらかというと搦め手を得意としているので、この様な戦い方は103号の本意ではない。しかし「見つけ次第殺せ」との命令である以上やらなければならなかった。
多数のナイフを武器として身に付けている103号である。
殺傷力は低いが、相手を少しずつ削るしかない。
「
103号は、放つ。これは射出速度は遅いものの、当たると肉を抉る。しかも闇に紛れるので、視認性も悪い。
どちらかというと、空間に滞留させておいて罠として使う事が多い。
103号はこれを幾つか飛ばしておく。
ダルバリスの間者は、その攻撃を受けた。
太ももや、肩が【闇弾】の攻撃に晒され抉られた。さらにダガーを投げて攻撃するもこれは簡単に弾かれてしまう。
「そう上手くいくものではないか」
舌打ちをしながら、103号は闇弾を放つ。
だが、これは悪手であった。魔法の行使は簡単ではない。
闇弾のコントロールに集中力を使っていたので、103号は自分の身の守りを疎かにしてしまった。
決死の覚悟で、特攻してきたダルバリスの間者の刃が103号の脇腹を抉る。
「うぐっ!」
高所で戦闘していた103号は、その屋根から下に落ちた。
ダルバリスの間者は、その場から退散した。
◆◆◆
どれ程の時間が過ぎたのか。
しばらくの間、気を失っていた103号は立ち上がろうとしたが、出来なかった。
体が痺れていた。
どうやら刃には毒が塗られていたのだろう。
どの程度気絶していたのか定かではないが、毒が体に廻っているのを感じた。
出血も酷い。地面が自分の血で濡れていた。
スラム裏路地で壁にもたれ、ぐったりとしている103号は意識が遠退いていく。
だが、この世界に未練は無い。
白い仮面が乾いた音を立てて落ちた。
◆◆◆
ダルバリスの間者は息も絶え絶えに逃げていた。
そこへ、
「こんばんわ」
丁度、スラムの地下闘技場を見張っていた102号に見つかった。
東ミクが今宵も地下闘技場に入っていくのを見届け、入り口の見える向かいの屋根から監視していた所を、ダルバリスの間者が屋根づたいに移動しているのを見つけたのだ。
見つけ次第殺せとの命を受けていたので、ミクの監視をひとまず置いて、それを行使する。
ダルバリスの間者は、突っ込んできた102号を迎え撃とうとする。
102号は背中に付けていた、ヘビーアックスを抜く。
ダルバリスの間者は、ダガーを飛ばすが、ヘビーアックスを盾がわりに弾く。そのまま信じられない速度で、ダルバリスの間者の首をはねた。102号は、
「誰かと交戦でもしたのか?」
それくらい手応えが無かった。ダルバリスの間者の遺体から何か情報がないかと漁ったが、何も出てこなかった。
「流石に身元が分かる物は持ってないか」
間者は本来その存在はない者なのだ。誰に知られる事もなく生きて死ぬ。
「せめてもの情けだな」
102号は遺体を魔法で燃やし消滅させた。
◆◆◆
アラタは食材を買い出しに行って、コルネラの住処に戻るところであった。
そして今、「どうしたものか……」とその足を止めて頭をひねっている。
裏通りを歩くアラタの前に、裏通りで倒れている103号の姿があった。
フードを深く被っていて顔はうかがい知れないが、地面に落ちている白い仮面を見るに、103号は素顔をさらしているのだろう。
その周りは血溜まりになっていて、103号が何らかの攻撃を受けたと分かる。
アラタは周囲を警戒するが人の気配はない。裏通りは静まり返っていて、人っ子ひとりいない。
シュウとさほど変わりがなさそうな背丈に見える。
どちらにせよ、こんな怪しい者に関わる道理はない。
アラタは踵を返して別ルートからコルネラの住処に戻る事にした。
◆◆◆
103号は混濁する意識の中で、ぼやけた映像を見ていた。
それは103号を見ている様だ。二人が自分を見ている。二人とも、口元しか見えない。
どうやら自分の視力が弱いらしい。
「……あ、笑った」
男が発した。
「え? 本当だ」
女が発した。
「ねぇ、見て。ほとんど私と同じじゃない?」
「そうだな。はだ艶や髪なんかそうだろうな。でも目元なんて俺似じゃね?」
「あ、そうかも」
「な? お目目がパッチリしてて美人じゃね?」
「もう、親バカね」
「いいじゃん」
「いいわよぉ? 何せ二人の愛の結晶だし」
「だろぉ?」
「やん。ちょっと何するのよぉ。子供が見てる」
「いいじゃん。どぉせ分からねぇよ」
「それもそうね」
分かるわ。ボケぇー! と突っ込みたくなる103号だが声が出ない。どうやら自分は赤子になっているらしい。というよりこれは過去の記憶?
目の前でイチャイチャしてる二人であるが、103号は意外にもこの二人を見て、暖かな気持ちになった。その感情が何なのか、家族のいない103号には分からない。
だが、本能的に彼らが自分にとってどういう存在なのか103号は理解した。
103号は彼らを呼んだ。意識は混濁しており、実際に声を出したのかどうか分からない。
アラタはぴたりと足を止めた。
振り返る。
アラタの耳には届いたのだ。
103号の言葉を確かに聞いた。
「ママ……パパ」と。
アラタは103号の元へ向かった。
息も絶え絶えの103号を抱き上げる。随分と軽い。
「まさかと思ったが。こいつ、子供じゃないか……」
子供は放っておけない、そう思うアラタであった。
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